私が眠れなかった日、それは所属しているサークルの、晴れ舞台の前夜であった。と書くと、私が明日への緊張で寝られない、サークルに打ち込む真面目な学生に思えるかもしれない。
だが、真実は違う。

部長といっても偉くはなく、中間管理職の気持ちを体験

そのサークルは、とある民族舞踏のサークルであった。調べるとそこから私に辿り着いてしまう可能性があるため、具体名は書かない。
私の代では私を含め5人が入部したが、3年生になる頃には私ともう一人の女の子しか残っていなかった。その女の子はとても引っ込み思案であったので、必然的に私が部長、彼女が会計になった。
部長といっても偉くはない。就活が決まった4年生や、院へ進学した先輩なども在籍していたため、そこにも気を使わなければならない。早くも中間管理職の気持ちを先行体験してしまった。

多くの先輩は私を可愛がってくれたが、一人だけ当たりが強かった先輩がいる。その先輩、M先輩との確執がはっきりしたものになったのは、公演直前であった。
私は薬学部に所属していて、公演直前の中間テストは一日に6教科×2日、そのうち3教科は再試無しという地獄であった。しかし、M先輩は文系の比較的緩めな学部に所属しており、テストのために大事な公演直前の練習を休む、という行為を理解出来なかったらしい。
彼女が言うには、普段から勉強していればテスト前にサークルを休むという事態は起きない、それが出来ないのはお前の普段からの努力不足である、と。

うるせぇ、お前の学部は人の命左右しないかもしれないがな、こっちはちゃんと勉強しないと人の生命、人生左右する勉強してるんだよ、そもそも私の大学生活の主目的は勉強だ、ということをオブラートに包んで伝えた。

公演直前の夜、明日の予報は雨。無理に公演を行うメリットはない

結局、私たちの議論は平行線を辿り、私はきっちりサークルを休んで試験を受けた。そもそも、私もM先輩も自分の意見を譲る気は全くなかったため、議論にすらならず、単なる決意表明で終わった。
斯くして、サークルのためにそこまで投げ出せるか、テストの方が大事だ、という私と、衣装さえ手作りするサークルラブを持つM先輩の対立は顕在化することとなったのだ。

そして、公演直前の夜。次の日の天気予報は雨であった。
予約してあったのは日差しもない野外ステージで、雨の中公演は無理だし、危険だ。というか、こんな中で無理してやりました、なんて前例作ったら今後確実に面倒くさくなる。もし誰かが舞台で滑って転んだり、風邪をひいたりしたら、公演決行した私の責任になる。
もしうまくいって変な成功体験を積んだら、今後また何かあっても、今日のことを引き合いに出されて強行される。
どう転んでも、無理に公演を行うメリットなど全くない。これまで数年野外ステージでの公演が雨で中止となったことはなく、どの程度で中止するかなどのマニュアルは全くない。すべては部長の裁量となる。
私は部長として、公演は中止とアナウンスした。

公演中止をごねにごねる先輩。私は徹夜で天気の情報を集めた

それに異を唱える人がいた。M先輩である。
M先輩はごねにごねた。明日急に晴れたらどうするか、小雨なら出来るのではないか、などなど。
結局、私が徹夜で天気情報を集め、早朝5時に再びアナウンスをすることになった。ふざけないでくれ。お前は私の決定だから気に入らないだけだろう?!公演のために頑張ってきたが、もういっそここで変に晴れて先輩がいい気持ちになるよりは、大雨になって全てをぶち壊してくれ!と天に祈った。
大概私の性格は悪いが、この性格の悪さとふてぶてしさで後輩を悪しき前例から守れるのであれば安いものである。M先輩になど好きなだけ嫌われていい。
その次の日、小雨が既に降っている中、再び中止のアナウンスをした。まだごねるM先輩を他の先輩が諫めてくれたことで騒動は終わったのだが……。

文章から分かるとおり、態度には出していなかったが、私はM先輩の価値観は納得出来ないし、M先輩のことが嫌いである。
価値観は人それぞれである。自分にとって受け入れられない価値観を持つ人だっている。しかし、それを原因にその人全てを否定するようなことは、少なくとも態度に出してはいけないな、と学んだ出来事であった。