1年のうち、何度かあるそれは、得てして冬に起こる。とりわけ12月、接客業に従事しているのがちょっと嫌になるくらい忙しい日が続いた後、私は何故だか眠れない夜を1人で過ごすことになる。
目が回るほど忙しかった仕事を何とか終えて、帰路に着く。真冬の冷たい空気が、自転車のペダルを踏み込む度に私の肺を満たして、身体が芯から冷える。中洲の青いイルミネーションを横目に疲れ切った足は何とか、しかし無意識に自転車のスピードを上げる。冬のイルミネーションは何か切ない気持ちになるよね、と主人が毎年言うので、私も年々そんな気がしてきた。
マフラーに顔を埋めて、大人になるってこういうことなのかと感傷に浸ってみる。これも冬が来るたび繰り返している気がするけれど、すぐに寒さで忘れるので、来年もきっと同じことを思うだろう。
冬の夕食は決まって鍋。食べ終わっても眠気は訪れない
玄関のドアを開ける頃には、もうご飯なんていいから今すぐベットに倒れ込みたいという衝動でいっぱいになる。一旦休憩と、荷物を放り出して今すぐソファに飛び込みたいところだけれど、ぐっと堪えて冷蔵庫の中身を確認する。
冬はいい。だって何日鍋が続いたって、スープさえ変えれば食べ続けられるもの。
グラスに乱雑に氷とウイスキー、炭酸を注いでキッチンに立つ。どんなにウイスキーが濃くてもいい。疲れた時は尚更だと、誰に言うわけでもない言い訳をひとりごちて包丁を握る。
適当に具材を鍋に放り込んで炊飯器のスイッチを押す。丁度インターホンが鳴って、主人が帰宅。ようやく腰掛けて煙草に火をつける。
今週、永遠にこのルーティンで過ごしてんじゃん。週7で鍋じゃん。明日こそは鍋以外作りたい、という願望は、吐いた煙とともに消えていった。
疲れたね、なんてたわいもない会話でちょっと笑って鍋をつついて。観てもいないのにつけっぱなしのYouTubeをBGM代わりに、うとうとと船を漕ぐ主人にまた笑って。しかし、疲れ果てているはずの自分にはいつまでも眠気がこないので、氷の溶け出したグラスをウイスキーで満たした。
ぼーっと画面を見つめるだけの時間が1時間、2時間と過ぎても、不思議と目も頭も冴えきっている。彼は風邪を引く前に叩き起こしてベットに向かわせたので、リビングに1人。暖房がしっかり効いているはずなのに、何だか寒いような気がするのは人恋しいからなのか、フローリングが冷たいからなのかはわからなかった。
懐かしいアニメを観て迎える朝。無意味に過ごす夜がいい
そんな夜のお供は、決まって昔好きだったアニメ。一晩で観終われるくらいがいいから、1クール12話が丁度いい。
とはいえ、すぐに観たいタイトルが出てくるわけではないので、ジャンル分けされた一覧を一番下まで見てみたり、キーワードを一文字だけ入力して気になるアニメがないか探してみたりする。そうしてやっとアニメを一本選べたら、ソファに深く座り直して再生ボタンを押す。
大人になって観直すと、昔は嫌なやつだと思ってたキャラが思っていたより良いやつだったり、好きだったキャラがとんでもなくムカつくやつに思えたりして夢中で観ていられるのだから、やっぱりアニメってすごいよな。なんて考えているうちにグラスが空くので、ほとんど常温になってしまった炭酸水とウイスキーをまた手に取る。
仕事が忙しいと、瞬間瞬間で優先順位をつけて、やるべきことを上から順番に片付けていかなければならない。そして大体勤務時間内には終わらないので、仕事のことが頭の中の半分くらいを占めている状態がしばらく続いて、やりたいことはどんどん後回しになっていく。
あれもこれもやりたいのに、あっちもこっちも先にやらなくてはならない。眠れなくなるのはいつもそれがピークになる頃。
自分のためだけに何かをする、自分のためだけに選ぶ、自分のための時間を取り戻したくなった時。無意味に夜更かしすることを選んで、明日の私が寝不足になっても二日酔いになってもそれも良いと思いたいし、きっとそういう時間にしたいとも思っている。だから眠れなくてもまあ、構わないのだ。
12話を見終える頃、曙色の空が、夜を浮かべた瑠璃色を溶かしていくのをベランダから眺めて煙草に火をつける。凍える寒さが鼻につんとくるのさえ愛おしく思えたら、私の眠れない夜は終わりを告げ、また忙しい日々に身を沈められる。
眠れない夜も、悪くない。