私が譲ったもの。譲ってもらったもの。

夢だった「犬を飼うこと」が叶い、大好きなあの子がやってきた

映画館を出て、叔母から見せられた母からの1通のメールに、私は浮き足立った。
「犬を飼うこと」
これは小さい頃から犬が大好きだった私にとって、大きな夢だったのだ。

「ゲージは何にしよう?おもちゃは?おやつは?ベッドは可愛いのがいいな!」
あの子が来るまでの月日は、あっという間だった。初めて迎えに行く時、籠には茶色と黒色の何かがゴソゴソと動いていた。
「どちらの子がいい?白い子はもう他の人に決まったんだけど……」と言う友人のお母さん。2匹ともとても可愛いかったけれど、茶色の女の子を選んだ。小さくて細い尻尾を振ってモゾモゾと動く姿に一目惚れしてしまった。

お転婆そうな顔をしていたあの子は、よく走り回り、家の中に足音を響かせた。家に来て初めの頃は、クンクン鳴いていた。側を離れるといつも鳴くから、毛布を持ってゲージの横で寝たこともある。噛まれて怪我をしたときも、母にはこっ酷く叱られたが、それでも大好きな子だった。

引っ越してしばらく泣き暮らしたが、会う頻度は減っていった

楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
祖父母の家を出て、あの子と離れて過ごすことになったのは、1年も経たない冬のこと。「再婚」の意味も分からない私は、祖父母の家から引っ越すことしか理解できていなかった。引っ越しには慣れていた。けれど、あの子と離れて暮らすことには慣れなかった。
私はベッドに潜って泣いていた。誰にもその姿を見せなかった。
母が少しでも楽になるのならと、初めて私の幸せな時間を母に譲った。幼い私なりに母を思ってのことだった。

それからは、あの子に会える日は月に1〜2回程になった。
ふっくらしたり痩せたり、体型の変化がわかる程には会う回数は減り、会わないことに慣れてしまった。大学生になってからは年に数回会う程度。思い出すことも少なくなった。

迎えに行った日と同じように膝に抱えて離さなかった、最後の日

大学を卒業して帰ってきた頃には、いつの間にか12年の時が過ぎていた。あの子の様子は、耳にする度に悪くなっていった。

「会いに行ってあげて」と何度も言われ、ようやく重い腰を上げた。
片道1時間以上かかる運転は、初心者マークの私にとっては苦痛だった。それよりも、弱ったあの子を見るのがもっと苦痛だった。
弱りながらも尻尾を振ってお腹を見せるあの子を見ると、何もできなかった無力な子どもの頃を思い出した。
「一緒に居れなくてごめんね」
私は小さく謝った。

それから2ヶ月後、あの子は亡くなった。
私の代わりにあの子を育てた祖父も、気丈に振る舞っていたけれど辛かったのだろう。
「もうよか」
ただそれだけ言った。
私はひんやりと冷たいあの子をタオルで包み、火葬場まで離さなかった。迎えに行ったあの日と同じように、膝に抱えて。
13年一緒にいた祖父のことだ。自分が連れて行きたかったかもしれない。でも祖父は私に最後の役目を譲ってくれた。
「ありがとう」
最後に小さく言った声は、きっと耳の遠い祖父には届いていないだろう。