「もう俺たち、別れません?」
彼が苦笑いのような顔でそう言ったので、私はたちまち半泣きになり、何も話せなくなってしまった。
「最後に言っておきたいこととかある?」
そんなことまで言われないとろくに話し出せない私は、まったくもってダメなやつだ。
「あの、本当に私のこと好きだったの?」
「それはお前もじゃん」
そんなときまでこれまでの相手の言動すべてを疑ってしまう私は、とにかく未熟だった。相手から見える自分には想像が及ばないなんて、まるで子どもみたいだった。

よく喋る年上の彼は、受け身気質の私にとってありがたい存在

彼とは、大学のサークルで知り合った。
彼は2年生からの新規入会のため、学年は一つ違えど、サークル内ではタメ口で話す仲だった。
私は極度の人見知りで、サークルの人の輪になかなかうまく入っていけず苦戦していた。いろいろな人に話しかけてみるものの、一度グループが出来上がってしまうとそこに入るのは至難の業だった。

一方で彼も自分が学年違いであることからどこか入りづらさを感じていたのか、はじめの頃は一人でいることが多かった。私はぽつんとしている彼を見つけて話しかけ、そこから次第に一緒に話すようになった。
彼は一旦仲良くなると、面白いほどよく喋った。お笑いと音楽が好きで雑誌や本にも詳しく、話題も豊富で人を退屈させない人だった。
年上が特に苦手だった私には、それまで「仲の良い先輩」という存在の人がおらず、タメ口で話せる年上の彼は貴重な存在だった。

彼は時折、二人で遊ぼうと誘ってくれた。根っからの受け身気質の私には、その気軽さがとてもありがたかった。
ごはんでもお茶でもお酒でも、映画でも買い物でもゲーセンでも、彼と過ごすのはかなり楽しかった。
私は無口なのであれこれ喋ってくれるのはラクだった。彼にとっても聞き役にひたすら徹する私はなかなか便利な存在であった……ということを願っているのだが。

友達として好きな人と恋人になり、どうしたらいいか分からなかった

ある日、突如バレンタインの日に遊びに誘われてしまった。私は、なんだかよくわからないままにチョコレートを用意して渡した。
「これからも世話になります」という意味でもあり、「男性として見ていないわけでもありません」という意図もなきにしもあらず、であった。そんなよく分からない温度感の気持ちだったのだ。
それを口にしては無粋だろうという思いもあり、「これあげる」と言って押しつけるように渡して立ち去ってしまった。客観的に見たら、ツンデレのかなり強めな告白に受け取れなくもない。

それを機に、彼とはお付き合いすることになった。けれど、「お付き合い」になった瞬間、私は何をどうしたらいいのか急にわからなくなってしまった。それまで私は誰かと付き合ったことがなかったからだ。
友達として好きなはずが、相手が異性であることでだんだん訳が分からなくなり、それを恋愛感情に感じるようになっただけなのかもしれない。付き合ううちに、そう思うようになった。

意味不明なまま開始したお付き合いは、訳もわからぬままあっという間に閉幕した。
その間、キスすら一度しかしていない。その時でさえムードがわからず、私はキスされた気まずさのあまり、突然脈絡もなく自分の部屋の間取りについてマシンガンのように話し出してしまった。思い出してみると、そのときも彼はほとほと呆れ顔だった。

正直になれなかった自分への後悔。失恋で社会人になって初めて欠勤

「これはお付き合いって言わないよね?」という一言に、私は言葉に詰まった。
自分の中での「お付き合い」像なんてほぼなかったのだ。
周りは女子校育ちの友達ばかりで、現実的なアドバイスをもらえるような相手はいない。
恋愛じみた漫画も映画も見ないので、フィクションですら理想のお付き合いというものがなかった。好きな小説家は不倫の話ばかり書いていて全く参考にならない。

振られたその日は、ショックで一睡もできなかった。
もう少し正直になればよかった。
自分の経験不足を素直に話し、見栄を張らずにその幼さをさらけ出して、相手と向き合ってみればよかったのだ。恋人らしくない気持ちであるならば、それを隠さずぶつけてみてもよかった。
後悔が押し寄せるも、もはやどうにもならなかった。
翌朝気分まで悪くなり、出勤できそうもなく、仕事まで休んでしまった。社会人になってから初めての欠勤だった。

あれから何度か「お付き合い」をしたが、当時いかに自分がダメであったか何度も痛感したものだ。
その後何度か失恋もしたが、あれほどほろ苦い夜はきっと、もうないだろう。