専門学生だった私は、とある一人の女の子と仲が悪かった。
お洒落ではきはきとしたしっかり者の彼女と、地味で感情のコントロールが苦手な子供っぽい私。
正反対の私達は、お互い良くも悪くも『思ったことを口に出すタイプ』で、1年生の頃から顔を見合わせる度に衝突していた。
そんな私達はどういうわけか、2年生に進級すると実習で同じ班になってしまった。
喧嘩が勃発しては、同じ班員に迷惑をかけてしまう。私達2人は自然と、お互いの顔が見えない上に離れた席で課題に取り組んでいた。

◎          ◎

そんな実習もだいぶ終わりに近付いた12月、3泊4日の研修旅行の日がやってきた。
研修と言ってもスケジュールのほとんどは遊びと観光で、1日目の目的地は絶叫マシンで有名な遊園地。
怖がりの私は、自分と同じように絶叫マシンに乗れない子達と『乗れない組』を結成し、共に行動することになったが、そこにはなんと彼女もいた。

「あんた何でいるの!?」
「乗れないからだよ!」
初っ端から口喧嘩を始める私達。「落ち着け」と他の乗れない組の子達が仲裁に入り、一緒に遊園地内を回ることになった。
回転ブランコ、観覧車といったアトラクションや、期間限定ショップなどを楽しんだ後、乗れない組の一人が言った。
「ねえ、スケートあるじゃん。行こうよ!」
「いいね!」と賛同するみんなの声に、私は思わず固まった。

私はスケートにトラウマがあった。
中学時代、学校行事のスケート教室で初めてリンクに立った時。ちっとも滑れなかったどころか、氷の上に思いっきり仰向けに転倒したことがあったからだ。
幸い大きな怪我はなかったが、あんな痛い思いはもう2度としたくない。
すかさず断りを入れたものの、「せっかくだから」とメンバーに連れて行かれ、しぶしぶスケートをすることに。
貸し出されたスケート靴を履いて、リンクの壁を頼りに、やっとの思いでつかまり立ちする。

◎          ◎

そんな私とは対照的に、さっきまで行動を共にしていた子達は、とっくに気持ち良さそうにスケートを楽しんでいて、その姿を目にした途端に昔のトラウマがよみがえった。
スケート教室と銘打っているのに、何も教えてくれない大人達。
元々家族や友達とよくスケートをしていたのだろう、さも当たり前かのように氷上を滑走する同級生。
そして、派手に転倒して後頭部にたんこぶを作る惨めな自分。
また、あの時と同じ気持ちや痛みを味わうの? そんなの嫌だ、帰りたい……。

「何やってんの?」
声をかけられてハッと我に返ると、例の彼女と目が合った。
「滑れないの。怖くて……」
びくびくしながら半泣きになる私。
こんなにも情けない姿をさらしているというのに、彼女は馬鹿にするどころか、「大丈夫だって」と優しく声をかけてくれた。
「思っているほど怖いものじゃないから。滑れるようになったら、結構楽しいよ」
彼女はそう言って私の両手を握ると、リンクの中央へと引っ張ってくれた。
他のみんなと同じようにスケートを楽しみたかっただろうに。彼女は根気よく私に付き合って、姿勢や滑り方を教えてくれた。
おかげで、私は一人で支えなしで滑れるようになった。

◎          ◎

スケートの件があって以来、私と彼女は顔を合わせても喧嘩をしなくなった。
それどころか、私が落ち込んでいると彼女が側に来て話を聞いてくれた。卒業する頃にはあだ名で呼ばれるようになった。
元々しっかり者だと思っていたけど、それ以上に彼女はとても優しい子だった。

あの研修旅行からだいぶ時が経った。けれど、未だに私の手は、彼女の手袋越しの温もりを昨日のことのように覚えている。
それは、これからもずっと忘れないし、忘れたくない。
あの時は、迷惑かけてごめんね。でも、本当にありがとう。