出かけようと思った。支度を始めた。洋服を着替えてメイクを施し、愛用のリュックに財布とスマホを詰める。後は玄関で靴を履くだけという状態で、部屋にある姿見の前を横切る。
「うわっ、ダサッ」
瞬間、外に出る気力がゴソッと削げ落ちた。
もっさりと頭の上に乗った黒髪。伸び伸びと育って肩まで到達したそれは、何をどう頑張っても垢抜けるということがなく、放置した夏の庭の雑草のように野暮ったい。
一瞬全てを中止しようかと考えたが、支度にかけた手間と時間を無駄にするのが嫌で、結局続行した。

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こんなことが暫く続いていた。理由は成人式の前撮り。振袖に合わせてアップのヘアセットをするため、髪を伸ばして欲しいと言われていた。

私の頭髪は一本一本が太くコシがあり、おまけに量が多くて癖毛である。ストレートパーマでこれを捩じ伏せ、前髪無しで顎上のショートカットにするのが、最近の私のスタイルだった。
初めてこの髪型になった時のことを、今でもよく覚えている。
最初は少し戸惑ったが、みるみるうちにその形が目に馴染んでいった。身支度を整えて姿見の前に立った時、思わず笑いが込み上げた。
「え、やばっ。カッコよくね?」
顔立ちも体型も特に変わってはいないのに、驚くほどスタイリッシュな私がそこにいた。愛用のコンバースオールスターに両足を突っ込み、どこまでも歩いていける気がした。

対して、髪が伸びきってしまった私の生活はどうだろう。外にいる間中、人目を避けることばかり考えてしまう。元来の偏屈さとネガティブ思考に拍車がかかり、自分に対するやさぐれた気持ちが5割増しで心に押し寄せる。

自分の意見を口に出すのを避けた。ダサい私が言っても仕方ないから。
お洒落をするのが面倒になった。ダサい私が何を着ても同じだから。
部屋の片付けが後回しになった。ダサい私には、散らかったダサい部屋がお似合いだから……。

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外見が精神に及ぼす影響を完全に侮っていた。撮影が無事に終了し、漸く髪を切ることができた時、私の心に爽やかな風が吹いた。部屋を片付け、化粧品を買い、こうして自分の意見の発信もしている。

私がお洒落に於いて重要とする指針の一つは、「自分が一番ナルシストになれるものを選ぶ」というものだ。「自分は美しい」「自分はカッコいい」という自信が心にゆとりを生み、立ち振る舞いを優雅なものに変えていくのである。

美しい姿でいるのなら、行動も美しくあろう。
カッコいい姿でいるのなら、言動もカッコよくあろう。
ダサいことはなるべく慎もう。だってこの美しくてカッコいい姿に似合わないから。

外見が多少変わったところで性格が変わる――捻くれた根性や悲観的な考え方が綺麗さっぱり消え去る――なんていうことは全く無い。しかし、自分の好きな外見でいることで、性格の良い部分が表に出やすくなる。目の前の生活に前向きに取り組もうという意志、やる気が湧いてくるのである。

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これから成人式を迎える10代の中で、自分のヘアスタイルに何か拘りがある人は、是非ともその気持ちを強く持って欲しい。
一朝一夕で髪は伸びない。安易な気持ちでヘアカタログの適当なページを指差してしまうと、想像以上に長い時間を鬱々と過ごす羽目になる。

私の場合は単に軽率な自業自得であった訳だが、もし誰かに髪型を変えるよう勧められた時は慎重に検討した方がいい。髪は自分の体の一部である。生殺与奪の権限を他人に握らせて、最後に悔やむのは他でもない自分自身なのだ。

成人式は一生に一度のものではあるが、己のお洒落に対するポリシーを曲げるほどの価値がある行事ではないと思う。私達は写真を撮るためだけに生きている訳ではないのだから。

人生の幸福を無闇に減らさないためにも、自分の外見とは真面目に向き合っていきたい。