私には大親友がいる。
大親友といっても、三回り歳の離れた60を過ぎたおじさんだ。

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東京で一人暮らしを始めた私を、彼はまるで親のように面倒を見て、そして時に友達であるかのように遊びにつきあってくれる。
親には言いづらい年相応の悩み。
例えば男女関係の話だったり、人に対して抱くマイナスな感情の話を聞いてくれることもあれば、逆に友達には言いづらい、お金の悩みだったり体の悩みまで聞いてくれる。
全て話すが故に、私=彼といっても過言ではないぐらい、私の全てを知り尽くし、私のことを理解してくれる。

アルバイト先で起こった納得できない出来事や、友人との些細なズレから起こった小さな喧嘩話なんかを聞いてもらっていると、時折ヒートアップして、「もう仕事やめる」だとか「もう縁切っちゃっていい気がするんだよね」なんてひどい言葉を発してしまうことがある。
その度に彼はこう言ってくれるのだ。
「自分を忘れちゃいけないよ」

怒りに感情が囚われると、日頃相手に対して抱いている感謝や貰った優しさなんかを忘れてしまい、思いついたままに発言してしまうことがある。
きっとそれは勢いから出た言葉で、一時的な感情で、冷静に考えればそんなことは思っていなかったりするのに。
だから彼はそんな言葉をかけて、私をクールダウンさせてくれる。

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悲しい時だってそうだ。
よくないことが続いて落ち込んだ時は、卑屈になり、私なんて何も出来ない、先も見えない。
そんなふうに自暴自棄になってしまう時がある。
そんな時も、
「自分を忘れてはいけないよ」
その言葉ひとつで、心が軽くなる。
悲しい時もあるけれど、なぜその悲しさを越えたいのか。
その悲しさを超えた先で何を達成したいのか。
そう振り返ることができ、改めて頑張ろう、そう思えるのだ。

逆に、嬉しくて舞い上がっている時も同じ言葉をかけてくれる。
久しぶりに歳の近い男の子からのデートの誘い。
ウキウキワクワクで、毎日のLINEの内容や、相手に言われた嬉しかった出来事なんかを話していると、また、「自分を忘れてはいけないよ」と言う。
久しぶりの恋の予感に、舞い上がって、自分のことを疎かにして、少し無理をしてしまう私に対し、
「自分がされて嫌なことは?自分が相手にしてほしいことは?自分が絶対譲れないことは?もう少し冷静になって、ゆっくり考えてご覧よ」
と、諭してくれるのだ。

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最近の話。
どうしてもバリスタとして将来やっていきたい、ゆくゆくのために英語を学びたい。
そんな思いが消えず、加えてワーホリまでの年齢の期限が迫っていることから、海外移住に向けてお金を貯める為にアルバイトを変えた。
長年続けたバリスタの仕事を一時的に離れ、時給のいいコールセンターでのバイトと、クラブでの掛け持ちをすることにした。
もちろん、やりたい仕事ではない。
けれど、お金の為にはやむを得ない。
そう考えた結果の選択だ。
そのことを伝えた際も彼は、「もちろん応援はするけれど、自分を忘れてはいけないよ」と言った。
収入が上がるとお金に目が眩んで、「もっとお金が欲しい」と欲が出てきてしまい必要以上に働いてしまったり、どうにか収入を増やせないものかと、人の道を逸れた稼ぎ方をしてしまうようになる人もいるらしい。
だから、お金の為ではなく夢の為にこの仕事をしているのだと、本来の目的を忘れないで欲しいと。
そして、コールセンターも夜の仕事もストレスが多いと言われる仕事。
大好きだったバリスタの仕事をしている時に比べると、精神的にかかる負担がかなり大きい。
だから、心が折れそうになった時は、
「仕事なんて辞めればいいから、そこにいることはあくまで手段の一つであって、そこが最終目的地でないことを忘れないで」
そう言ってくれた。

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「自分を忘れちゃいけないよ」
私はいつもこの言葉に、心を強くしてもらったり、丸くしてもらったり、お守りのように力を貰っている。
海外へ行けば、彼とも距離が出来て今のようにすぐに会うことは出来ない。
加えて、悲しいことに通常通りの計算で行けば、彼の方がかなり早く死んでしまうだろう。
けれど、彼がいつも言う、
「自分を忘れちゃいけないよ」
その言葉は一生忘れずに、自分の心のお守りとして持っていたい。