私たち夫婦はギャンブルはしないものの、サマージャンボや年末ジャンボだけは、ほとんど毎年買っている。

バラで10枚。ラッキーパーソンの私はいつも本気

バラで10枚。旦那はどうせ当たらないと言って買っているが、私はいつも本気で当たると思っている。そう思っていなきゃ当たらない、運を引き寄せるのだ。
自己啓発本の受け売りとかではなく、昔からくじなどを引くときはそう思ってきた。私は小さい頃から家族の中でラッキーパーソンと呼ばれていて、商店街のくじや雑誌の懸賞などありとあらゆるものを当ててきた。「将来、もしかして宝くじで、どかっと当てるかも」とみんなで盛り上がっていた。

しかし20代も後半になり、宝くじで当たるのは300円で、他のくじ引きも運を使い果たしたのか当たらなくなってしまった。それでも、宝くじを買ったときの「もし何億円当たったらどうするか」という想像をわくわくしながらするのは嫌いじゃない。

高校生くらいの時なんかは、憧れのブランドの服が沢山欲しい、海外に旅行したい、大きい車と家を買って豪遊する!!などと絵に書いたような夢を想像していたが、歳と共に「当たったらの想像」もどこか現実的になってしまった。ちょっと悲しい。

今もし当たったら、まずは奨学金を全部返済する。旦那には「大金当たってまずそれかよ」と笑われてしまったが、借りたものは返してスッキリしたい。その後は家のローンを返し、子供の教育資金を口座に入れて、マンションでも買って不労所得で暮らして……それでもまだ何千万もある!やったー!!!

……アホである。「よく毎回そんな馬鹿げた話ができるね」と旦那は苦笑している。
でもこういう話をして、お金に対する価値観を確認できるんだからいいじゃないか。何もせずに、ほぼハズレのくじをしまっておき、結果を見て「やっぱりハズレか」では面白くない。当たらないとどこかで分かっていながらも楽しく結果を待つのがいいのだ。

最近、妻夫木聡が出演している宝くじのCM、あのノリが私は好きだ。あのCMを見て宝くじを買おうと思った人がいるなら、友達になれそうだと思う。

有り余るお金を手にしたら。今までの至福がどうでもよくなるのでは

でも実際、何億か当たってしまったらどうだろうか。想像してみると怖いし、今までの価値観がひっくり返ってしまいそうだ。
働くことを辞め、金銭感覚がバカになり、今まで至福だった少し高いアイスクリームがどうでもよくなる。今まで楽しかったテレビも見なくなり、悔しさ、悲しさもどこか忘れてしまうのではないだろうか。

人は、お金を稼ぐ為に生きている訳ではないけど、稼いでるお金によって様々な物を享受して生活している。いい生活や安定を求めてやりたくない仕事も頑張る人、逆にお金は安定しないけど生活を切り詰めてやりたいことをやる人。

それが、ただ有り余るお金だけ手にしてしまったら、そこに見合う生活を求めて他が見えなくなってしまいそうな気がする。
もちろんお金を上手に使い、生活も変えずにやっていける人もいるかもしれないが、私の場合はそうなりそうで怖い。

せめて100万円…!いつかを信じて、自分のスタイルで挑戦し続ける

だから、何億とは言わないからせめて100万円当たって欲しい!といつも考える。それくらいなら生活が激変することもなく、少し贅沢ができるのに……おこがましいが大抵の人が考えることだろう。

ちなみに私の母は、宝くじの1枚買いを徹底しており、過去に2度3000円を当てている。1枚だけ買うなんて恥ずかしいと周りに言われてもスタイルを変えずにいて、しかも成果をあげているのだからすごい。

当たらないと言われている宝くじだが、いつかを信じてこれからも自分達のスタイルで挑戦してみようと思う。色々言う旦那も、発売日を気にしていたりするから言葉の裏では楽しんでいるのだ。