けたたましいアラームの音が耳元で鳴り響く。毎朝毎朝、起きもしないのに、よくもこんな時間に目覚ましなんかセットしやがっての気持ちを込めて、こどものように眠る彼のおでこを叩いておいた。

依然として持ち主を起こそうと躍起になって叫んでいるiPhoneの画面を、寝ぼけ眼で連打してアラームを止める。どうせ5分後にはまた喚きだすのは分かっているのだけれど、休みの日くらいもう少し寝かせてほしい。何にせよ、一番かわいそうなのは朝から何度も無視されているiPhoneだろう。

結局4回ほど同じことを繰り返した後、のっそりと起き上がって仕事へ向かう主人をベッドから見送る。かろうじていってらっしゃいは言えたので、まあ良しとしていただきたいところ。
そのまま、窓から差し込む朝の光が天井を照らしているのをぼーっと眺めていると、再び心地よい眠気が私を毛布の海に沈めていく。溺れそうな時は、抗ったり暴れたりしないのが一番だ。それがたとえ布団であっても。

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喉の渇きでようやく目が覚めた時には12時をとっくに回っていたので、若干の絶望を覚えつつ、何とか布団の海から這い出ることには成功した。
いやはやしかし。全てが面倒くさいなあ、まったく。生きているだけなのに。なんて考えるだけ無駄なことが無意味に頭の中を占めているので、とりあえず火をつけた煙草を一口。
余計なこともついでに口から煙と一緒に出ればいいのに。ただただ短くなっていっただけのそれを、灰皿に放り込んだ。

折角布団の海から這い出たというのに、今度はネットの海をただただ流されていく海月と化した私。無意味な時間だとわかっているのに、あと10分を繰り返して気付けば3時。

家にずっと篭っているのは勿体無いから、できれば外に出たい私VS化粧をして服を選んで適当なところまで出かけるのが面倒くさい私は、10ラウンドを超えたあたりで数えるのをやめた。
そうして泣きの3ラウンドの死闘を潜り抜け、なんとか外出したい私が勝利。適当に準備をして、玄関まで辿り着ければ、もう充実した休日が完成したようなものだ。

とりあえず遅すぎる昼食を適当に済ませて、インスタで行きつけのバーが何時から営業しているか確認してから、細い道を脇目も振らずに歩く。
5年くらい通っているそこは、私と主人のお気に入り。疲れてやる気の起きない休日、連勤初日を何とか終えて気合いを入れたい夜。たとえ1人でも鉄筋の階段を上がって、白い扉を引くのには美味しいお酒以外にも理由がある。

テーブル席も当然あるけれど、いつもカウンターに座る。私はここのカウンター席が好きだ。綺麗に拭き上げられたグラスが理路整然と並べられ、照明できらきらと光る。
視線を上げると、ラベルがきっちりと揃えられた沢山のホームメイドのリキュールそれぞれが、個性的なインテリアのように店内の端と端を繋ぐ吊り棚を彩っている。

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1杯目はいつも悩まず決められるので、メニューも開かずお願いする。それからBGMに合わせるように、でもスピーディーで無駄な所作なんてひとつもなくカクテルが作られていくのを、じっと見つめる。対角に座るお客さんも、その動きに時折目を奪われて会話が止まっていた。

あっという間に目の前に置かれたカクテルを手に取るだけで、口元が緩む。
コーヒーとウイスキーの香りを、絶妙な硬さで白と黒の層を織りなす生クリームが蓋をしたそれを一口。美味しいものはいつだって、心にかかるもやを取り払ってくれる。いわんやその美味しいものを作る人を見ることをや。要領よく沢山のオーダーをさらりと提供している姿は気持ち良い。いっそ清々しささえある。

自分が働いている時も思うけれど、熱意と必死は違うものだ。熱意を持ってお店に立って、格好つけてこそプロの仕事。そこに必死さが見えなければ見えないほど、格好良さが引き立って、憧れを種火に私のやる気を呼び戻してくれる。もやで曇った心をアルコールで洗い流したら、充電は満タン。今度こそ、私の完璧な休日の完成である。

白い扉を押して、鉄骨の階段を軽やかに駆け降りる。背筋を伸ばして大股で、明日の私も格好良く頑張れますように。
私のやる気が出ない時、美味しいカクテルが心に火をつけるおまじない。