今日は生理2日目。貧血でフラフラするし、当然やる気は出ない。
それでも出勤しないといけない。洗濯物も溜まっているから、家を出る前に片付けておかなきゃ。今日のお弁当と水筒も準備しないといけないし、メイクだってこれからだ。

どれだけ体調がすぐれなくても、やる気がなくても、残酷なことにやるべきことは目の前にたくさんあって、それらから逃げることは今のわたしには許されない。これは、自立した社会人として生きるわたし自身のプライドだ。

テキパキ動くなんて辛いから。やる気がないときほど、余裕を持つ

「あ〜なにもしたくな〜い」と、誰もいない部屋の中で嘆きながら、フラフラとした足取りで洗濯機のもとへ向かった。
汚れた服は、ちょうど洗濯物を回す1回分の量。天気はいいし、洗濯しないわけにはいかない。頭の中で、洗濯物を干すまでの時間が家を出る時間までにあるか計算して、ようやく洗濯機のボタンを押した。

ぐわん、ぐわん、と機械が回る音を聞きながら、昨晩残ったおかずと玄米をゆっくりといただく。テレビで暮らし系ユーチューバーの癒し動画を流しながら、穏やかな時間をゆったりと過ごしていた。

出勤まで、あと2時間以上もある。
なんてまったりとした時間なんだろう。時間と気持ちに余裕を持つことで、どんなに面倒なことでも片付けられる気がする。
この余裕を持つために、あえて早起きをしているのだ。今日は生理2日目だから、なおさら。

究極の理想は、早起きも家事も仕事もせずに、家でまったりと過ごすことだけれど、そうはいかない。おそらく、今のわたしにとっては時間にゆとりを持たせることが最善策。
やる気のない時なんて日常茶飯事だ。そういう時はいつも以上に時間を使うようにしている。だって、そんな時にテキパキ動くなんて辛いから。

仕事にやる気が出ないときは、楽しいことを思い浮かべてみる

……でも、時間を贅沢に使うことが許されない環境もある。

例えば職場。テキパキとしっかりと働くことが求められる。ゆっくりまったりと働こうものなら、周りの人に迷惑をかけてしまう。だから、無理矢理やる気スイッチを入れるようにしている。それはそれは、心身に負荷をかけている。
仕事の人間関係に問題があるわけでも、仕事内容が大変なわけでもない。むしろどちらも良好で、好きな仕事のはず。それでもやる気が出ないことだってある。まさに今日はそう。

こんな日は、いつも以上に楽しい未来を思い浮かべている。
次の休憩時間に小説を読めること。
家に帰ったら、とっておきのハーブティーが飲めること。
今度、彼氏と映画を観に行くこと。
親友と美術館の庭園に行くこと。

楽しいことばかり頭に思い浮かべていると、肩の力がほんの少しだけ抜けてくる。やる気だって出てくる……と言いたいところだけれど、そんなに単純ではないから、やる気はないまま。

それでも、ずしんと重かった心が多少なりとも軽やかになるものだ。「あと数時間だけ、お仕事頑張ろうかな」と、なんとかその日の仕事を続行できる。仕事の日はこの繰り返しだ。

どんなにやる気がなくても、工夫して日常を進めなければ

今日は生理だからやる気がないけれど、なにも生理の日に限ったことでもない。
空と連動して気持ちも曇ってしまうことはあるし、家族や友達の何気ないひと言で活力が削ぎ落とされることだってある。
いつやる気を失うのかも分からないような毎日を生きていく中で、わたしは無理矢理やる気を出して自分を奮い立たせることが、いかに心身に負荷がかかるかを身をもって体感した。

だから、できるだけ無理はしない。ただ無理をしないだけじゃない。無理をしなくても、やる気がなくても、問題なく日常をこなせるように工夫をすることは怠らない。穏やかに生きていたいから、やる気のない状態を受け入れて生きることにしたのだ。