「早く住所変更しないとな、転送期間終わっちゃうよ。」
郵便で届いたダイレクトメールを見ながら彼がそう言ったのが一昨日。彼と同棲を始めてもう丸1年が経とうとしている。

私たちは付き合って1年半ほど経つ恋人同士で、最初の半年はまだ大学生だった。元々2人とも一人暮らしをしていたので、常にどちらかの家に入り浸る半同棲状態。卒業・就職を気にちゃんと同棲しようという流れだった。
半同棲も同棲も大差ない。社会人になっても、学生の頃と変わらず上手くやっていける。と、私はタカをくくっていた。

新卒採用で4月入社の私たちは、コロナ禍で自宅待機を指示され、社会人デビューに足止めをくらった。慣れないリモート研修で頭の中を「???」にしながらも、家にいて家事をする時間が十分ある状態だったので特に問題はなかった。
私は料理も掃除も洗濯も大好きで、お昼の情報番組の『今日からマネできる!家事のコツ紹介コーナー』みたいなテレビも大好きだった。研修の合間にご飯を作ったり洗濯をしたり、とても充実していた。

クタクタで帰宅したら散らかり放題。あなただけの部屋じゃないのに

綻びが生じたのは、6月、私が通常通りの出社になったところからだ。
週5日・1日8時間勤務。世間ではみんなやってるし、きっと出来るだろうと楽観的に捉えていたが、これはものすごく体力を使うらしい。
苦手な早起きをして電車に乗り、おじさんばかりの慣れない職場で、けたたましく鳴る電話を全力の勇気を振り絞って取った。毎日定時で帰らせてもらえるが、それでも帰り道はクタクタのヘナヘナになった。
そんな私とは異なり、彼はしばらくリモート中心の毎日を送っていた。私が帰宅する夕方、「おかえり~」と言いながらゲーム機を片手にごろごろしている日もあった。

食べっぱなしのお菓子のゴミ、脱ぎっぱなしの上着、使ったまま洗ってないグラス。

「一日中家にいて、ゲームする時間もあったのに、なんで片付けてくれてないの?」
「散らかしたのは自分のくせに、なんでほったからしにするの?」
「ここ、あなただけの家じゃないんだよ?」

半同棲だった頃は、彼の自室が散らかり放題でも「まぁ、ここ彼の家だし」と思っていた。彼も私の部屋はあまり散らかさなかった。
自分ばかり片付けていると思うとどうしようもなくイライラが募り、疲れがイライラを倍増させた。

家事全般大の苦手と理解してたつもりでも、どうしようもなく募る苛立ち

彼が家事全般大の苦手なのはずっと前から知っていたし、理解して付き合っているつもりだった。むしろ彼は家事にこだわりがなく口出しもしないからこそ、私が家中を好きにできるのだ。
相利共生、足りないところを補うベストマッチングと思っていたのに、今さら気になってしまうなんて。

もちろん頭では、彼も仕事をこなしながら彼なりに片付けていると知っている。定時という概念がない仕事のようで、深夜でもバンバン仕事の連絡が来る。「終わりが見えない」と彼はよく言っている。
先述のごろごろタイムも、たまたま私が帰宅する時間に、ようやく休憩できそうなタイミングが来ただけのことだし、お昼に食べたコンビニ弁当のゴミはちゃんとビニールにまとめてゴミ箱に捨ててある。

頭でわかっているからこそ、イライラしている自分自身が情けない。彼だって頑張っているのに、自分ばっかり頑張っていると思ってしまう。そんなことはないのに。
どうして冷たいことを言ってしまうのだろう。自分だって完璧に出来てないくせに、彼に「ちゃんとして」と言うばかり。疲れているのは私の事情なのに、八つ当たりばっかりして。
こんな彼女になりたかった訳じゃないのに。

もう別れようか、こんなに優しいのに、あなたが可哀想

12月、私が出社するようになって半年が経つ頃。
水曜日の夜、私はもう寝る時間、彼はあとひと仕事しようという時間だった。
仕事の前に君を寝かしつけなきゃね、と彼は添い寝をしてくれた。
「今日もおつかれさま」と頭を撫でてくれる手が本当に優しくて、優しすぎて、申し訳なくなって、私は泣いてしまった。
もう別れようか、あなたはこんなに優しいのに、毎日私に当たられて、あなたが可哀想。そう言うと、彼はすごく怒った。

「疲れる日があるなんて当たり前。それは仕方がないし、一緒にいれば上手く許し合っていくものでしょ。こうして君が毎晩一緒に寝てくれることが、俺には何より幸せで大切なんだよ。」

そこでハッと気がついた。私は自信を失っていたのだ。
片付けも中途半端、洗濯も溜めっぱなし、ご飯は買ったものばかり、おまけに可愛げもない私なんて、もう彼に愛される資格がない。彼が好きになったのは、もっと余裕のある、にこにこ優しい女の子だったはずだ、と。

彼氏、ごめんね、私はあなたを見誤っていた。
あなたはこんなにもまるっと大きく私を愛してくれていたのに。自分のことばっかり考えて、別れようなんて言って、本当にごめん。

大好きなあなたが帰ってくることが何より大切で幸せだよ

この文章を書いている2月、私はやっとほんのり仕事に慣れ、帰りに寄り道をできるくらいの体力はついてきた。2度目の緊急事態宣言で週に何日かは在宅になり、洗濯物の溜め込み具合も少しマシになった。
今度は彼の方が忙しくなり、深夜まで帰って来ない日が続いている。休みも潰れ、もう今日で何連勤かも分からない。

「あんまり会えてないのに、会っても愚痴ばっかりだよね俺、ごめんね。」
と彼は言う。本当に申し訳なさそうに。
今度は私が優しく優しく頭を撫でて、こう言う番だ。

「大好きなあなたがここに帰ってきてくることが、私には何より大切で幸せだよ。」