今から3〜4年前、奈良県にある東大寺二月堂で、奈良の街並みと、それを囲む山々をよく眺めていた。
それは私にとって忘れられない、忘れたくない景色として今もずっと胸に残っている。奈良にはコロナの直前、2年間住んでいただけなのであるが、いまの自分、そしてこれからの自分を支えていくような貴重な時間だったと思っている。

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その2年間は、振り返ればつらいことのほうが多く、お金も時間もなくひたすらやることに追われてひとりぼっち、自分を見失いかけていた時期だった。
追い詰められて、うまくいかなくなっていくほどに人も離れていき、4年ほど付き合っていた当時の恋人とは遠距離恋愛になった挙句、勉強がすきなのはすごいことだけど、恋人にはそういうのを求めていない、というような趣旨のことを言われてお別れすることになった。
生まれたときから東京にしか住んだことのなかった私は、自分で選んだこととはいえ、なぜこんなところにひとりで来てしまったのだろう、と落ち込む日々を送った。

そんな日々のなかで、唯一の救いが近くにお寺や仏像があることだった。
それまで全く歴史に興味はなく、なんとなく近くだからと訪れた仏像館で、あまりの迫力、優しい眼差しの仏像たちを見て、涙が滲んできてびっくりした。
観光地なので、ウロウロしていると人力車のお兄さんに話しかけられて、このへんに住んでいると伝えると、東大寺の二月堂に行ってみたらと教えてもらった。そして、私が忘れられない景色、東大寺二月堂からの眺めと出会ったのである。

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教えられたとおりの道を行くと、有名な大仏さまからは少し奥まったところにあり、ぐっと人が減って静かになる。長くて少し急な階段を登って回廊にでて、息をのんだ。
ちょうど夕方と夜の交じり合う時間、奈良の街並みを薄いピンク色が照らし、それを山が街ごと包んでいるような壮大な景色。
しばらくぼーっとしているとだんだんと夜がやってきて、お寺の灯籠に火が灯る。みんなが黙って街を見つめていた。
なぜかわからないけれど、その瞬間、私は奈良がとてもすきになったし、この場所は、自分がどんなにつらくても毎日ここにあって、夕方はピンクの光につつまれて、夜は必ず火が灯るんだ、という事実に、猛烈に元気づけられた。

自分の悩みだって重大なことだったし、どうにか辛い今を抜け出したい、そう思いながら、ふとしたときに二月堂に行って夕陽を眺めることで、泣きそうになりながらなんとか自分を支えていた。
別に壮大な景色を見ることで自分の悩みがちっぽけに思えるわけではなかったけれど、それとは全く別次元に、心が空っぽになるような感覚だったように思う。

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結果的に奈良には2年で別れをつげて東京に帰ってきてしまったし、コロナの流行が始まって、引越しのあとは一度も奈良に行っていない。
それでも、実際に行くことができなくても、つらいことがあったときには心の中で二月堂からの景色を思い浮かべる。そういう景色をもてたことが、わたしが奈良に住んだ意味だったのかもしれないとすら思っている。

これからも自分を支える景色やことばに出会っていきたい。その出発点である二月堂は、ずっと忘れないし、涙目であの景色を見ていた当時のわたしに、大丈夫になったよ、って伝えて抱きしめてあげたい。
景色といっしょに、あのときのわたしも、忘れられないもののひとつになっているのかもしれない。