私の人生は高校生から始まった。もちろん、厳密には赤ちゃんとしてこの世に生まれて、幼稚園、小学校、中学校と過ごしたわけだが、私の中では中学生の自分はいないことになっている。
しかし、どんなに無かったことにしようとしても、考えないようにしても、ふとしたときに中学校でのあの日々を思い出してしまう。忘れたくても忘れられずに、ずっと私の心にある。

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こんなにも私が、中学生までの自分と決別したいのには理由がある。
中学生時代、私には友達がいなかった。学校に行って、軽口を叩き合う男友達や、世間話ができる女子のクラスメイトはいたが、休み時間まで一緒に過ごすような、いわゆる親友はいなかった。
特に決定的なことがあったわけでもなく、ただ自分と周りが合わなかったのだと思う。その頃の私にとって心を許せる人は、家族しかいなかった。
中学生の私は、学校でも、家でも、勉強以外の自分の時間にはずっと小説を読んでいた。

小説は私にいろいろなことを教えてくれた。1人の私を、甘酸っぱい恋の始まりや、悔し涙に濡れる試合後の更衣室、妖怪が住む異世界など、どこへでも連れて行ってくれた。
今思うと、小説の世界に逃げることで、現実から目を逸らしていたのだと思う。しかし、どんなに小説に没頭しても、必ず朝が来て、学校に行かなければならず、鬱々とした気分は何をしても払えなかった。何をしても頭の中に薄靄がかかっていて、世界の彩度が落ちて見えた。何だか分からないけれど、息苦しいような、そんな日常だった。

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そして、一年生の冬に決定的な事件が起きた。生徒会総選挙に、副会長候補として、私は先生の推薦で出馬した。
私の中学校では、生徒会総選挙が一大行事で、全校生徒がその成り行きを興味津々に追うのが、毎年の恒例だった。目立つことによって、周りの私への態度が変わるのではないかと少し心配だったが、先生が応援してくれるなら大丈夫だろうと安心していた。

しかし、結果は落選だった。掲示板に貼りだされた私以外の候補者についた、当選を示す花の嫌になるくらい鮮やかな赤を今でも覚えている。
理由を探ると、私の当選を阻もうと、それまで私をよく思っていなかった他クラスの生徒が出馬し、SNSを駆使して私に投票しないように呼びかけたという。

私は絶望した。こんなことがあって良いのかと思った。先生たちは慰めてくれたが、結果が覆ることはなかった。私の落選を知ったクラスメイトからの同情と嘲笑の混じりあった視線が痛かった。誰も信じられなくなり、人の怖さを思い知った。
それからわたしは体調を崩し、ただでさえ嫌だった学校に通うことが身体的にも、精神的にも難しくなっていった。ただ、ここで学校に行けなくなったら私を落選させた生徒にも、先生にも、そして自分自身にも負けてしまう気がして、毎日必死に登校した。残りの中学生生活をなんとか耐え、ほぼ休まずに通い切った。毎日をやり過ごすのに、ただただ一生懸命だった。

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卒業式では、みんな泣いていたが、私はどこか晴れ晴れとした気持ちで、足早に学校を後にした。特段、未練も、憎しみもなかった。ただ、やっと終わったという解放感だけが残った。
もう二度とくぐることのない校門を背に見た、あの淡々とした、高く青い空をきっと私は忘れない。私以外の候補者の上の、名前も知らない花のあの鮮やかさを忘れない。

それから月日が経ち、たくさんのことがあったが、私はあの中学校3年間よりも辛い経験はまだしていない。友達と喧嘩をしても、アルバイト先で大きなミスをしても、あの陰鬱とした日々に比べれば、どうってことないと思える。
今では、きっと私の人生に必要な時間だったのだと思う。
これからの自分のために、どんなに楽しい、嬉しい思い出よりも、わたしはあの日々を忘れたくない。「忘れたい」けれど、あえて「忘れたくない」と思いたい。
3年間の苦しさを無駄にしないために。もうあんな悲しい色の空を見ないために。