「僕はホウゲンといいます」
彼は自分の家の番号の載ったタウンページを見せてそう言った。
可愛い人だなと思った――。

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行ってみたいと願う場所は誰しもあると思う。わたしの場合は日本の離島にあった。
南にある小さなその島は人も時間ものどかな場所だ。初めて来た人にも「おかえりなさい」と出迎えてくれるそこは今やわたしの魂の故郷となっている 。
そんな場所でわたしは彼に出会った。

きっかけは道を尋ねたことだった。
その島1番のお気に入りの海岸に向かおうと歩いて向かったのだが、途中道が分からなくなりスマホも置いて来てしまったため、たまたま自宅の花に水をやっていたご老人に助けを求めたのだった。
その海岸はこの先だという答えを期待して尋ねたのだが、彼は
「こっち行くと違うビーチに行くよ」
と答えた。
期待外れの回答に唖然としていると地図を持ってないのかと聞いてきた。
もう何回も来たことのある場所、地図なんか持たなくても大丈夫と高を括っていたことをシオシオしながら伝えると
「あげるよ。おいで」
と家に招いてくれた。
そこから、わたしと彼、ホウゲンさんの宴が始まったのである。

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縁側にわたしを通し、冷たい麦茶を出してくれた。季節は夏、遠くに蜃気楼が見えるほどの気温の中いただく麦茶はものすごく沁みた。
彼は棚から地図を出してくるとそれを覗き込みながら目的の海岸を指差して
「あと1キロ。県道をまっすぐ行くと着くよ」
と教えてくれた。
さらに1キロ……汗を拭いながら感謝を伝えるとおもむろに
「みかんあるよ」
と柄の長い刈込ハサミを渡された。
彼の庭には色とりどりの花や木が植えられており、そこにはみかんの木もあった。
これで取っていいということかと、会釈して小さなみかんをパチンといただく。
可愛らしい小粒の実を口に放り込むとものすごく酸っぱい。口の中に響くビタミンのボディーブローに耐えていると、キッチンからビスケットや黒糖といった甘いお菓子がわんさか出てきた。恐縮すると、自分も休憩するからと彼は笑いながら腰を据えた。
その笑顔になぜか安心したわたしは、お言葉に甘えさせてもらったのである。

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お互い自己紹介を兼ねて自分の住んでいる場所や趣味などを話していたのだが、内容とは裏腹にまるで以前から友人だったかのように会話は進んでいった。わたしの話を真面目に聞き、分からないことは質問する。関心を寄せてくれることが素直に嬉しかった。
達筆な文字を書くホウゲンさんはその昔、教師として日本国内を回っていたのだという。数えきれないほどの生徒を教え、最後は校長まで立派に勤め上げ引退し、今はのんびりとした生活を送っているのだそうだ。
だからかと頷く。距離感が近くても心地良く思わせてくれる訳はそこにあったのだ。
その後も毎年出場している島内マラソンへの真剣な挑戦記録から、ユニークな若い頃のお酒の失敗話までホウゲンさんが語る豊富な体験談にわたしは引き込まれていった。気づいた時には太陽はすっかり傾いていた。

夕涼みをしながら、いつの間にか持ってきていたお気に入りの焼酎をわたしのグラスに注ぎ彼は言った。
「昔はいろんなことを知っていると思っていた。迷った人にはこうしなさい、ああしなさいと助言してきた。でも今、本当は何も分かってなかったという事に気が付いたんだよ」
初め何を言っているのか分からなかった。

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ホウゲンさんは当時すでに80歳を超えていた。そんな人生の大先輩が初対面の小娘に話す内容だとはとても思えなかったのだ。
しかし彼はわたしの考えていることなんか軽く飛び越えて、プライド抜きでわたしに気持ちを伝えてくれたのである。決しておごらず、見くびらず、素直にわたしを受け入れてくれたからこその言葉だと分かった。
その気持ちに応えねば、なんか言葉を返さねばと焦って
「何も知らないを知っているってすごい事ですね!」
なんて地図も持たずに調子に乗っていた人間が何様だこのヤロー的な発言をしてしまったのである。それでもなお、ホウゲンさんは微笑んでいた。赤面したわたしは一声かけると逃げるようにトイレへ向かい戸を閉めた。

ため息を吐きながら腰を下ろす。トイレを見ればその人となりが分かるというが、よく言ったもので、そこには英和辞典と英単語表、ホウゲンさんが書いたであろう語録といくつかのカレンダーが飾られていた。
その中の1つに「人生、日々トレーニング」と書かれた半紙が貼ってあった。
生きている間は自分にできることを精一杯やる。そのための努力は惜しまないようにと言われた気がした。先の愚考を戒めつつもそれがなければこんな経験はできなかっただろうと自分を慰める辺りがわたしらしいがしかし、そのトイレでの衝撃は忘れたくても忘れられない出来事となった。
それはこんなに小さく穏やかな愛すべき島で今も謙虚に慎ましく生きる、学びを止めない長寿と出会ってしまったからなのだろう。