「右耳にメニエール病の兆候が見られますね」
ああ、やっぱり。
だいぶ前から定期的にやってくる果てしない危機感や絶望感と共に、ここ一週間で突如として発症した強烈な頭痛と吐き気、夜になると容赦なく襲い掛かる回転性のめまい。
入社三年目の春、かつて抱いた憧れや想いも簡単には思い出せないほど、私の精神と肉体は知らぬ間に追い込まれていたらしい。

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思えば兆候は、だいぶ前からあったように思う。
第一段階は一年目の冬、会社や基本業務を一通りこなせるようになり、入社当初に抱いていた憧れの仕事が現実にシフトしていった頃、目の前の仕事は途端に輝きを失った。
当時メインで行っていた仕事を通して自身が成長できる限界を見つけた瞬間、激しい危機感を覚えた。そこで自ら行動せずに、仕事を与えられるだろうと高を括り、さらに焦りを募らせたこと、それが自分への怒りを蓄積させる引き金となった。

第二段階は二年目の秋、第一段階で感じた焦りや危機感をどうにか打開すべく、自分で自信を成長させることができるような仕事を探しにいった。そして、今までとは全く異なる分野での社内公募挑戦への挑戦を決めた私は、学生時代から形にしたいと思っていた企画を企画書に起こし提出したのだった。

正直、入社二年目が達成できるような生易しいものではないとボツも覚悟していたが、なんと採用。公募で採用された企画のうち、メイン企画としてプロジェクトが進むことが決定した。
自分の成長機会は自身で掴みにいくことの重要性を感じた私は、新しい自分との出会いに胸を膨らませた。
しかし、現実はそう甘くなかった。

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「睡蓮さん、今商品企画部に確認を取っているから、もう少し待ってもらえる?」
耳にタコが出来るほどに繰り返されたその言葉。
採用された企画に関する調整はなぜか私にはさせてもらえず、私はただ企画の進捗を聞くだけの係となっていた。
「なぜ私はその交渉に参加させてもらえないのだろう」
喉元まででかかる言葉を何度も飲み込み、ただ頷くばかりだったが、今思えばその想いを一言口に出すだけでよかった。だが、本業ではない後ろめたさもあり、あの頃の私は声を上げることができなかった。
そしてひたすら待ち続けた私に、罰が下ったのだ。

「ごめん、先方との交渉決裂で、この企画は頓挫しました」
「え、いつの間に商品企画部のOKは出たんですか?」
知らぬ間に私の企画は完全に私の手を離れ、会社の企画として横取りされていた。聞かされていた進捗状況と現実は大きく異なり、挙句の果てには取り返しがつかない所まで来ていた。

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企画がボツになったこと自体への怒りと同じくらい、行動しなかった自分に対する怒りも湧き上がり、ただただその状態を受け入れるしかなかった。自分への怒りや絶望は確実に蓄積されていった。

そして現在、入社三年目にして本業に関連したメイン企画の中心として立案、遂行に至っている。
もちろん任せてもらっている仕事自体もやりがいがある。しかし、自分の成長に繋がるのか否か、ふとした危機感が私を襲う。

プライベートでその危機感を取り除けないかと、自分の成長に繋がりそうな挑戦を始めてみたりもしている。だが、どうしてもこの危機感が拭えない、それらはやがて自分の成長に繋がることをしない自分への怒りへと変換され、これまでの分と合わせて溢れ出し、身体に異常をきたしたというわけだ。

そんな風に自分を追い込むのはやめたら?確かに他の人からするとひどく苦しい足枷に見えるかもしれない。自分でも自分を許してあげれないものかと考えたりもした。しかし、この怒りも自分を自分たらしめるアイデンティティなのだ。
どこがゴールかわからない、何が自分を満足させるかわからない。だが、何かに行動し続けなければ決して満足しない。
そんな不器用な私を、今は愛してあげたいとそう思う。