鏡よ鏡、私はどうしてこの顔に産まれてきたのですか。
自分の顔をじいっと見つめる。
眩しそうな小さな目に、ぷっくりとした唇。涼しげな薄い顔立ち。

◎          ◎

「ああ、好みじゃないなぁ」
鏡を見ながら一瞬、そう思った。
こんなこと、思っちゃいけない。胸がきゅっと苦しくなった。
洗顔を済ませ、肌を整えたら、淡いローズ色の下地を手に取り、そっと肌に重ねる。内側から外側に優しく塗っていく。
「もう少し丸みのある、可愛らしい輪郭だったら良かったのに」
「あ、でも顔が小さいところは好きかな。骨格には満足している」
「えーっ、顔に余白ありすぎじゃない?」

いつものように手を動かして、気がつくとベースメイクは終わっていた。次は眉だ。
髪色よりワントーン明るいアイペンシルで、眉尻から眉毛一本一本を描く。眉尻は濃く、眉頭は薄くなるように。眉マスカラも忘れないよう、丁寧に、丁寧に。
「このあいだ、眉毛サロンに行ったのは正解だったわ」
「眉が整うと、全然違って見えるよね〜!」

アイメイクは時間がかかるが、欠かせない存在だ。このおかげで、目がが大きく見える。
「元から目がもっと大きければ……」
「いやいや、私、アナタの目尻は好きだよ」
「自分で好きだって、どうしようもないじゃん。結局は二重で目が大きな子が可愛いって言われることが多い世の中だよ」
「でもさ、自分が好きってかなり重要じゃない?……あっ!マスカラはみ出た」

頭の中のおしゃべりは止まらない。はみ出たマスカラを綿棒で拭き取りながらもこんなことを思ってしまう。
「もっとまつ毛が長ければな〜」

ポイントメイクをするのはいつだって楽しい。
少し描き込むだけで、印象が変わるから。
赤すぎないリップと、アイライナーで目尻をはねさせ、猫のような雰囲気に仕上げた。
「今日は少しかっこいい感じ」
「うん、完成」
ここまでが昔の私の、毎朝のメイク。

◎          ◎

今の私になったのは、顔タイプ診断を受けたのがきっかけだった。
自分に似合うメイクがわかったら、もっと自分を好きになれると思ったことがきっかけだった。プロから受ける診断は決して安くはない買い物だったが、意を決してスキルマーケットで購入。
診断前に、なりたいイメージを聞かれたので、好きな芸能人を数人挙げていた。

診断結果は、私はソフトエレガントというタイプだった。上品でやさしい雰囲気が魅力らしい。なるほどと思い、続きを読んでみると、
「なりたいイメージの方達はキュートタイプ」
という文字が書かれていた。
一番最初にそれを見た時はもう、ショックだった。私は顔のパーツから、なりたい顔になれない運命なのだ、自分の顔はずっと好きになれないのだ、と。
けれども少ししてみると、気がついた事があった。

私が毎朝、「好みじゃない」と鏡で自分を見ているが、それは当たり前なのだ。
だって、私はなりたいイメージの芸能人のタイプが好みで、自分の顔は「好みじゃない」んだから。「好みじゃない」ということは、私が私の顔である証明だ。

自分の顔を好きじゃなくてもいいんだ。
「好みじゃない」と思ってもいいんだ。

張りつめていた気持ちがするりと緩むのを感じた。

◎          ◎

鏡よ鏡、私はどうしてこの顔に産まれてきたのですか。
自分の顔をじいっと見つめる。
眩しそうな小さな目に、ぷっくりとした唇。涼しげな薄い顔立ち。
「ああ、好みじゃないなぁ」
今日も私が私であると感じて、きゅっと口角が上がる。ベースメイク、眉毛を描いて、アイメイク。最後にポイントメイクをして唇に色をつける。そしたら、鏡の中の私に口に出して伝えたい。
「今日もサイコーに可愛いよ!」

鏡に映る私は、小さな優しい眼差しで微笑んでいた。まるで愛しい人を見るように。
私なりの顔で、私なりの可愛さで。
気が付かなかっただけで、ずっと可愛かったのだ。私は、私の顔を好きになれなくても、愛することはできた。
これが今、鏡の中の私にかけるおまじない。