中学校1年生の時、生まれて初めて彼氏ができた。
小学校からずっと好きだった彼は、低学年の時は目立たなかったが、進級するにつれ太陽のような明るさをまとい、人気者になっていった。余りの嬉しさと少しの優越感から、仲良しグループの女の子たちにひっそり報告した。

それから1週間も経たないある日、掃除の時間が終わると、黒板によれよれの線で相合傘がかかれていた。その両側には、汚い字で私と彼の名前が書いてあった。
私は教壇にすっ飛んで行って、急いで黒板の字を消した。掃除が終わるとすぐに帰りの学活が始まる。クラス全員が前を向いて自分の椅子に座っていた。クラス中の無言が私の背中に突き刺さった。人の好い、悪く言えば統率力のない担任が、困ったように視線をさまよわせ、結局何事もなかったように帰りの学活を始めた。

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中学生の私は、どうひいき目に見ても魅力的な生徒ではなかった。暗くて、運動が苦手で、友達の少ない、いわゆる隠キャ。隠キャが陽キャの彼氏と真剣に付き合っているなんて、娯楽の少ない田舎の中学生には随分なぶり甲斐のあるおもちゃになっただろう。

できるだけ目立たず、教室に“いさせていただく”存在だったはずなのに。黒板に名前を書かれた瞬間から、嘲笑を集めてクラスの中心に引きずり出されている。仲良しグループという名の、スクールカーストの最下層同士で馴れ合っている女の子が、「上」の子と話すネタにしたのだろう。

でも私には、噂を流したのが誰なのか、聞く権力も勇気もなかった。このグループで上手くいかなかったら、入れてもらえるグループがない。これ以上「下」の人間はクラスにいなかった。担任ののんびりした声を聞きながら、涙が落ちないように必死で瞬きをこらえた。羞恥で頬が燃えるように熱かった。

もちろん、黒板に名前を書かれてからすぐ、彼から一方的に「別れよう」と言われた。彼は後々、推薦で生徒会長になるような生徒だった。ド底辺を生きる私に告白したことが明るみに出て、地位を脅かされたのはよほど彼の方だったに違いない。当然の判断だ。

毎日泣きそうな思いで通学した。「人の噂も七十五日」の言葉を信じて、黒板に名前をかかれた日から何日経ったか数えたりもした。
当たり前だが、噂は75日を過ぎても消えなかった。季節が変わっても、元カレとなった彼の野球部の先輩が、わざわざ教室に来て、私を冷やかしたりしていた。「ブスじゃん」という言葉に気づかない振りをして、誰かが裏切り者の隠キャグループで仲良しごっこのお遊戯を続けていた。

「身の程知らず」という言葉を背負って過ごした、思い出したくもない青春だった。じっとじっと息を潜め、みんなが私を嗤うことに飽きるまで耐えた。彼を好きかどうかなど関係なく、身分不相応な行動をした自分が、ただただ恥ずかしかった。

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月日は流れ、大学に進学してしばらくすると、彼から連絡が来た。会って話がしたいというのだ。
久しぶりに会った彼は、中学生の時よりずっと普通の人間に見えた。誘われるまま何度か食事を共にした。3回目に会った地元のファミレスで、彼は決意したように顔を上げた。
「もう一回、付き合って欲しいんだ」

彼の声はかすれて、両膝で握った手は震えていた。彼の爪が伸びているのが見えて、ネイルサロンの予約を忘れていたことを思い出した。
彼と私が座るテーブルの向こうには、こちらに背を向けて、あるいは顔を見られないよう深く俯いて中学校の同級生が座っている。ファミレスに入った時にすぐ気づいた。こんな場面にまで、仲間を引き連れてくる彼がおかしくて思わず笑ってしまう。

「ごめんね、私、今彼氏いるんだ」
最低の人間だね。中学生の自分がにやりと笑った。