カフェで勉強や作業をすることが好きだ。
人々から奏でられるあの雑音と、店員の愛想の良い仮面の姿を横目に、わたしは今日もじっくりとカフェで過ごす時間を楽しむ。
◎ ◎
カフェでアルバイトをしていたことがあった。
お客様に席の案内をして、注文を伺って、お会計が終わったら、どんなに嫌なお客さまにも、心では悪態をつきながらニコニコとまたお越しくださいと言う。そんなマニュアルを教え込まれた大学2年の冬。必死にメニューや席番号を覚えたりして、あっというまに1年くらい経ってた。
たまに来る嫌な客の対応を除いては、職場の人間関係にもとても満足していて、本当に良い勤務先だった。平日のお昼に来るマダムたちの、優雅であり辛辣でもあるおしゃべりを聞く時間も、密かに気に入ってた。
ある時、素敵な女性のお客様が来た。思わず見惚れてしまった。
だって本当に本当に綺麗な人で、その人から醸し出される全てがキラキラしていたから。それに加えて、レジで手こずってしまったわたしに、「ゆっくりで大丈夫ですよ」と言ってふんわり微笑んだ。女神の微笑みだったあれは。絶対に。
その人を見てから、わたしは急に美容に目覚めて、メイクや髪型の研究をたくさんした。あの人みたいに綺麗な女性になりたかった、どうしても。
今までは可愛いが正義だと思ってた。ちょっと抜けててほどよい隙があって、目がキョロッとしてる可愛い子が人気だったから。でも違う。本当に素敵なのは、身なりや仕草に滲み出る美しさや、余裕のある態度や姿勢、綺麗さをひけらかさない謙虚な女性。
◎ ◎
接客の仕事は、お客様への対応スキルを学ぶことももちろんだが、自分自身が他の場所で誰かにとっての「お客様」になった時に好ましい態度や言葉遣いを学ぶ場でもあると思う。
お客様によって差別するのは良くないけれど、素敵な、スマートな、気分の良くなるような対応をしてくれるお客様には、店員側も精一杯のサービスを提供したいと思える。だって店員も人間だから。嫌な客にはその日1番の出来の悪いカフェラテを提供しちゃえって思っちゃう。エスプレッソをかなり多めに入れちゃったりなんかして。
あの日、尊敬と憧れの思いと、手こずったわたしをゆっくりと待ってくれた感謝の気持ちを込めて、「ごゆっくりどうぞ」と提供したコーヒー。「ありがとうございます」と微笑んだ彼女。
あのときの「ごゆっくりどうぞ」は、たしかにこれまでで1番真心を込めたものだった。
2年経った今でも、カフェに行くとあの頃の事がフラッシュバックする。
マダムたちのおしゃべりや赤ちゃんの泣き声、誰かがキーボードを叩く音、コーヒーメーカーの大きな音をBGMに、課題をしたり、このエッセイを書いたりする。
マニュアル通りに発する言葉の中にも、さまざまな思いが込められているかもしれない。
たとえマニュアルだとしても「わたし」のために発せられる言葉を受け取りたい。
「ごゆっくりどうぞ」はわたしにとって背中を押してくれる言葉だ。