「ブス」
さて、この言葉に呪われたのはいつからだろうか。
恐らく私の記憶が正しければ中学1年生、自分の見た目が気になってくる多感なお年頃。
スクールカースト上位の女子に、面と向かって言われたことがきっかけだと記憶している。
なぜそう言われたのか、彼女が私を嫌っていたのか。そんなことは一切覚えていないが、言われた場面と言葉がずっと脳裏にこびりついて離れなかった。
悪意をはらんだ言葉は、13歳の私を酷く傷つけた。

スクールカースト上位の女子が私をそう軽くいじれば、もちろん面白がった男子たちも平気で言うようになる。彼らからすればただの「いじり」だろうが、私からすれば「殺人」だった。
言葉は人を殺す。それを知らない彼らは、幾度と無く言葉のナイフで私を斬りつけて私の自尊心を殺した。
中学校生活は絶望的で、地獄だった。
私は好きな服が着れなくなった。マスクを外すのが怖かった。教室にいけなくなって、別室登校を始めた。行動を起こそうとするたびに「私はブスだから」と縛られて、なにもできなくなった。
私は言葉に呪われた。

◎          ◎

中学校を卒業した私は地元の高校へ進学した。正直、中退する気満々だった。
その頃の私は男子という生き物は、全員私を見下して馬鹿にするのだと大変失礼な思い込みをしていたので、必要最低限しか接することはなかった。
しかしグループワークなどを重ねていくうちに、彼らは中学にいた男子たちとは全く違う生き物だと知った。とても優しくて面白い人たちだったのだ。
その中でも私はIくんという人物と仲良くなった。そして彼こそが私を救ってくれた人物だった。

Iくんは勉強が苦手で、運動が好きな明るくて元気な男子。先生やクラスの人たちからも好かれるような人気者的存在だった。
私と彼がどうして仲良くなったのか。理由は簡単で、席が近くてよく問題の答えを教えていたからだ。
課題を教えて欲しいからとLINEを交換して、他の友達と一緒に夜遅くまでグループ通話を楽しんだ。
ある日、いつものようにグループ通話をしているとIくんの友達が言った。

「Iさ、지은のこと、クラスのマドンナだって他校の友達に紹介してた」

衝撃だった。
マドンナ?私は頭の辞書をフル活用して意味を探したが、行きあたるのはいい意味ばかりで処理が追い付かずに困惑した。
その時に本人はいなかったので、Iの友人の冗談だと思うことにした。過去にかけられた呪いが顔を出す、そう私はブスなのだ。死んだ自尊心や自信はそう簡単には息を吹き返してくれない。

◎          ◎

「おい、可愛い顔が潰れるぞ」
いつだったか、夏だったか秋だったか。教室の暑さに耐えかねて私は机に突っ伏して、10分間の休みと顔を潰していると、頭上からIくんの声が聞こえた。
私は顔をあげて机の前に立っているIくんを凝視した。
そして、
「可愛くないわ」
と、何とも可愛くない返事をした。
するとIくんはへらりと笑って言うのだ。
「そんなこと言いなや、可愛いがやき」

もしかしたら彼は冗談で言ったのかもしれない、よくある「いじり」だった可能性も捨てきれない。
それでも単純な私は救われた。
記憶の中の彼女が「ブス」と言えば、Iくんが「可愛い」と言ってくれた記憶が浮かぶ。そうやって私は彼に呪いから守って貰ったのだ。
今は好きな服を着るし、メイクだって楽しんでする。好きな髪型や髪色、アクセサリーで自分を着飾る。たまに「ブスだなぁ」と自嘲するけれど、それもあの頃ほど苦ではない。

それもこれもIくんのくれた言葉と記憶があったからだ。
あの時言えなかったけど、今度会った時には「本当にありがとう」と心から伝えたい。
きっと彼はなんのこっちゃか分からず困惑しながらも、へらりと笑うのだろう。