別れることを前提に付き合った人がいる。一回りほど上で、仕事関係で知り合った人だった。
当時は周りの結婚ラッシュに慌てていた頃で、次に付き合う人は最短で結婚できる人と考えていた。彼は結婚に興味がない人だったので、私の眼中には全くなかった。しかしながら、情熱的なアタックに押され負けて、結局、付き合うことになった。
ただ、私は本気で付き合おうとは思っていなかった。
金払いがよく、見た目も声も好みだったので、次の本命の彼氏への“繋ぎ”として付き合うことにしたまでだった。

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はじめて彼と行為をしたのは伊豆の旅館だった。
花火が見える、自分のお金だったら宿泊できないであろう、高級旅館。そこで、私は早くも彼のことに夢中になった。
私の経験人数はおそらく平均以上だろうという自負もあり、一通り経験しているつもりでいた。しかし、指先から愛を感じるのは彼が初めてだった。全ての動作において、彼は私を大切に思い、愛してくれていることが伝わって来た。
行為を重ねるたびに、彼に愛されたい、愛され続けたいと思うようになった。

彼氏と付き合ってから2年ほど過ぎ、会社の同期同士の結婚式のために、沖縄に向かった。
久しぶりに会う同期と現地で合流し、彼氏のことを話すと、パパ活だの弄られ、お前は一生結婚できなさそうだと笑われた。
結婚式の当日、母への感謝の思いを伝える新婦やその周りで涙ぐむ人たちを見て、私は涙が出た。彼女の言葉が胸に刺さったのではなく、なんで私は結婚できずにいるんだろうという惨めな気持ちからだった。

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誰とも話す気が起きず、式が終わったら全速力で国際通りに向かい、一人泡盛を飲んだ。一人飲みしやすいというカウンタータイプの店に入ったはずなのに、私以外に一人の客はおらず、みんな楽しそうに恋人や友人との会話を楽しんでいた。

あまりにもやるせなくて、自宅に直帰する予定が、全てを受容してくれる彼と会うことにした。翌日は仕事だったのに、迷うことなく会ってくれる彼に安堵したのと同時に、彼と結婚出来たらいいのにと沖縄から持ち帰って来た激情が爆発した。
案の定、優しい言葉で包み込みながらも結婚はしない主義だと、やんわりと断られた。だったらせめてあなたの子どもが欲しいと詰め寄った時、とても悲しい目で私を見ていた。
彼の言葉を聞かずとも、ノーであることが分かった。

ほどなくして訪れた、彼と迎える3度目の誕生日の日、彼が何かしら変わってくれるのではと少し期待をしていたが、そんなことはなかった。別れるなら今だと、先延ばしにしていた決断をすることになった。

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回り回って、結局は結婚への価値観の相違から、私たちは別れることになった。ただ、次への“繋ぎ”にと思って付き合ったわりには、次を見つけないまま、彼のことを嫌いになることもないまま、別れた。
どうせ長くは続かないだろうと初めから思っていたから、私はあえて彼の写真を一枚も撮らなかった。フォトクラウドサービスの気まぐれで、突然スマホに元カレの写真がレコメンされるという状況を避けたかったし、私の記憶さえなくなれば完全に消える存在に仕立てたかったからだ。

ただ、その考えは甘かった。彼の写真はなくとも、彼と行った場所、彼と食べた料理、彼に送ったスクリーンショットはデータに残っていて、それをきっかけに彼との楽しかった記憶を思い出してしまう。
打算的に付き合い、賢く生きていると思っていたが、結局自分の心をコントロールすることすら私にはできなかった。だから、これからは、当たり前のことなのだろうが、別れない前提でのお付き合いをしようと思う。