約2年前、就活をしていてよくされる質問があった。
「あなたはなぜジェンダーを専攻したのですか?何かきっかけがあったんですか?」
就活生の考えやきっかけから紡ぎ出される言葉を聞くため、どんな分野を選んでいようと、尋ねることになっているのだろう。しかし、この質問に対する最適な答えは持ち合わせていない。毎度戸惑ってしまい、ネットで見た適当な言葉を並べる。
勉強している「理由」って話さなくちゃいけないの?
ジェンダーやセクシュアリティの勉強をしていることを語る時、自分の過去の経験やセクシュアリティを半強制的にカミングアウトさせられているような、そんな少し傷ついたような気持ちになる。
自分が当事者であることが、専攻を決めた大きなきっかけになっている人もいるだろう。また、過去に傷ついた経験があったり、自分が違和感を感じたり理不尽な経験をしたことをもとに勉強を始めた人もいるはずだ。
ただ、5分前に初めて会ったばかりの面接官に対して、パーソナルな事は言いたくないし、勿論そんな義務もない。自分の経験や、その時感じた違和感や苦しみなんて分かってくれるものか。しかし、適当な理由を探し見繕う時、そこには嘘と僅かばかりのぎこちなさが生まれる。
そして出てきた言葉はあまりに浅くて、本当の自分自身の言葉ではない。
そもそもこの質問で就活生の何が測れるのだろうか?行動と思考の一貫性?
だとしたら、全ての物事なんて後付けでストーリーなんて作れてしまう。そしてそのストーリーを語っているうちに、それが真実にすり替わるんだと思う。
物事が最初にあるのではなくて、後から意味付けされてはじめて“物事”が生まれるのだ。
面接で、ジェンダー意識のギャップに啞然とした
就活の時、あまりにもジェンダー意識のギャップに唖然とした経験が何回かある。
1つは障がい者の就労支援をしている会社の面接官との面接で起きた。
私がクィアスタディーズやフェミニズムを専攻している話になり、面接官が「野風さんってフェミニストですか?」と聞いた。
私は質問の意図もよく分からず、「あ、そうですね」と答えると、面接官は「私フェミニスト大嫌いなんだよねー」と言った。
別に彼女の好き嫌いは自由であるけれど、普通にびっくりしたし、ショックだった。
引っ掛かった点は何個もある。
会社の面接という場で、初めて会った人の考えを「嫌い」とさらりと言ってしまえる点。
障がい者支援をしている福祉の会社であるのに、社会的弱者の視点に立つ学問を否定する点。
彼女にフェミニズムが嫌いな理由を聞いたけれど、全く論理的な答えは返ってこなかった。フェミニズムについてちゃんと理解しているのかも怪しい。君はフェミニズムの何の論文を読んだのか?誰の本を読んで、どんな歴史があるのか知っているのか?そんな会社なんて潰れちゃえよ。
ただ勉強したかった。私はそれしか言いたくない
何かを始めたきっかけや、ある物事を好きになった理由を説明することには、あまり意味がないんじゃないかと思う。好きな人ができて、「何で好きになったの、きっかけは?」なんて聞いてくる人がいたら野暮だと思ってしまう。
理由なんて全て後付けだし、努力して言葉にしようとしても、文字にした瞬間に大切なものからどんどん離れて行って、何かが失われていくものだ。
ジェンダーを勉強したのは、ただ勉強したかったからです。
私はそれしか言いたくない。貴方達に語るべき理由なんて無いから。Mic drop。