東京大学に通う彼に「遊びに来ない?」と誘われた私は、初めての東京観光に胸を躍らせながら新幹線に乗っていた。
二年で彼はかなり大人びていた。
浅草に、おしゃれなカフェに、東京タワー。彼のプランに抜かりはなく、事前にたくさん予習してくれていたことに嬉しさを感じていた。夕食を済ませた後、彼はスカイツリーの展望台で夜景を見せてくれた。
ベンチに座りながら意識を光に吸い込まれていると、私の視界に彼が急に入り込んできた。
「どうしたの?」
彼は、私を見つめて、「僕と付き合って下さい」と、生まれて初めて告白をされた。
さっきまで夜景に吸い込まれていた意識は、一気に彼へと集まった。勇気を振り絞っていってくれたのだろう。額には汗が伝っていた。
◎ ◎
彼への気持ちには応えたい。でも……。
「ごめん、私好きな人がいるの」
「うん、知ってる。あいつだろ?」
「知ってたの?」
「中学の時から仲良さそうだったし、そうかなって」
私を捉えていた彼の視線はだんだん、足元へと落ちていった。どんな言葉をかけたらいいのかもわからないまま、重い空気だけが圧し掛かってきた。
すると彼は、言った。
「じゃあさ、君もあいつに気持ち、伝えよ」
「え?」
「気持ちを伝えて、OKだったらあいつと付き合う。ダメだったら俺と付き合ってほしい」
「そんなずるいことできないよ」
「君には幸せになってほしいんだ。君にとってあいつと付き合うことが幸せなのかもしれないけど、ダメだったら俺が幸せにする」
彼の優しさに甘えてしまったのかもしれない。保険をかけて告白する人なんて最低だと今は思えるけど、あの時は彼の気持ちが嬉しかった。
「ありがとう。私も気持ち伝えてくる。だから、答えが出るまで待っててほしい」
「わかった。三角関係に自分が巻き込まれるなんて思ってもなかったよ」
最後まで辛い気持ちを見せなかった彼に胸が痛んだ。
そして、私は彼と付き合うことになった。彼は何よりも先に私を慰めてくれた。
あの人は彼と付き合った方が、私は幸せになれると言った。
◎ ◎
東京と愛知の遠距離恋愛。頻繁に会えるわけもなく、LINEと電話が二人を繋ぐ生命線になった。
付き合ってみないと分からないことはたくさんある。彼は連絡不精だ。基本的に連絡が早い私に対して、彼は半日返ってこないこともあるほどだった。
色んな話をしたい私にとってストレスだったが、授業や部活に忙しくしている彼の邪魔はしたくなかった。でも、あの人はマメで会話が楽しかった。
彼は理系でプログラミングを勉強しているらしい。そんな彼のおすすめデートスポットは科学館。私は水族館やアウトレット、観光地で映えるインスタを撮りたかった。延々と語る科学ウンチクは、帰りたいほどつまらなかった。
あの人は、どんなところに連れて行ってくれるのだろう。
彼はいわゆるオタクだ。エヴァンゲリオンをこよなく愛し、綾波レイを推していた。オタクが嫌だなんて言うつもりはないが、「俺、綾波レイのコスプレをした君とSEXがしたい」と言われた際には背筋が凍ってしまった。
◎ ◎
夏休みになって私は東京に行く予定だった。新幹線の切符も買ってスーツケースに荷物もまとめ、準備万端!と心の中で叫び、ベッドに寝転んだ。
明日に備えて東京のカフェをインスタで調べていると、彼からLINEが届いた。都合が悪くなって、明日会えなくなってしまったようだ。
私の導火線はかなり短くなっていた。すぐに彼に電話を掛けた。
「何で電話で言わないの?」
「いや、忙しくて」
「こういう時って電話で謝らない?私、明日の新幹線の切符も買って準備してるんだよ?」
「ごめん」
「だいたい明日は何でダメなの?」
「二年ぶりの友達からご飯誘われて」
「は?前から約束してたのに友達優先するんだ」
「二年ぶりだし、次いつ会えるか分からないじゃん」
「彼女との約束よりも友達取るんだ」
全く歯止めが効かなくなっていた。今までの蓄積が私をさらに過熱させた。
「そもそも連絡遅いんだよね。普段の連絡も大事な連絡も」
「ごめん」
「すぐに返せとは言わないけど、半日も返信ないのは何?何してるの?」
「部活とかバイトとか」
「行く前とか朝に一言くらい言えない?今日バイトだから返信遅くなるとか」
「ごめん」
こんな生気のない声を聴いたのは初めてだった。私がキレたのがショックだったのだろう。彼に全ての不満をぶつけてしまった。こんなに言うつもりなんてなかったのに。
とうとう彼は泣いてしまった。泣きながら謝り続けた。私も感情が高ぶりすぎて泣きながら怒っていた。
「ごめん」
「ごめんしか言えないの?もういいよ!」
謝ることしかできない彼に呆れ、一方的に切ってしまった。
◎ ◎
泣き叫ぶ声に驚きながら、母親が恐る恐る部屋に入ってきた。
あったこと全てを話し終えると、母親は、「今一番話したい人に話を聞いてもらいなさい」と言った。
私の頭には、あの人しか思いつかなかった。
お願い。出て。
呼び出し音は自分の鼓動で聞こえなかった。あぁ、やっぱり私はこの人が好きなんだ。違う人の彼女になっても心のどこかで比べてしまう。ふと見上げた綺麗な空も、お昼に食べた味噌煮込みうどんも、一緒に共有したいのはあの人なんだ。
「急にどうした?」
出てくれたことに驚いた。低めの安心する声が耳に響く。とうに泣き止んでいたが、声を聴いた瞬間泣きそうになった。でも、涙をこらえていつも通りの声で、言葉を紡ぐ。
「ごめんね。ちょっと話したくて」
「いいけど、泣いてる?」
この人には敵わないなぁ。心が透けてるのかな。そんなことを思いながら今までの不満、さっきの喧嘩を全部話した。
ずっと聞いてくれた。この人と話していて彼と別れる決心がついた。別れのメッセージを彼に送ったが、返信はなかった。
「LINE送ったけど、既読無視されてるよ」と笑いながら言うと、「もう彼とは別れたってことでいいのかな?」と返ってきた。
「うん。半年で終わっちゃった」
「俺、君が彼と付き合ってる時、彼に悪いかなって思って、君とは連絡とらないようにしてたんだ」
「やっぱり?すごく距離感じたよ」
「ごめんね、悪気はなかったんだよ。ただこの半年間で気付いたことがあるんだ」
「何に?」
「君のこと好きだ」