7月初旬、ウィンドウショッピング中に立ち寄ったお気に入りのお店で、ノースリーブのサマーニットを見つけた。数種類のカラーバリエーションの中から一枚を選び、スタッフの方へと声をかける。
「これ、試着してみても大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。試着室にご案内しますね」
カーテンに背を向けると、目の前には大きな全身鏡、ゆったりとしたTシャツを脱ぎ、妙な緊張感を抱きながらニットに腕を通す。
◎ ◎
私は社会の流行に敏感に反応しつつも、あまり左右されない人間だと思う。
流行っているものを知ることと、共感してその波にのまれるのを別とする。
いつも一旦引いたところで物事を判断するのだ。
服に関しても同様で、流行りの服だからというよりも自分がビビッときた服を買う。
それが流行りの物の場合もあるし、全くそうでない場合もある。
しかし彼らはいつだって私をアゲてくれる一軍たちなのだ。
今夏も2年前に買ったTシャツとデニムたちが大活躍中だ。もちろん彼らは可愛い。
だがしかし、少しだけ物足りなさを感じていた。
私の一軍たちは彩度の薄い色の子たちが多い。それは誰から指示された訳でもなく、単純に私自身が好きだからだ。
白やベージュはこれまでの人生を共に歩んできた、いわば戦友。私たちの相性はバッチリなのだ。
今回のサマーニットにも、オフホワイトやベージュといったお馴染みの色味もあった。しかし今回、私が手に取ったのは鮮やかなライムグリーンだった。
「あ、思ったより似合うかも」
私は目の前の全身鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめる。程よく体のラインにフィットした形と綿100%の肌触りが心地いい。夏に向けて食事や運動に気を遣っていたため、腕を出す抵抗も思ったより少なかった。そして注目の色も、想像以上に違和感なく自分に馴染んでいた。
「お客様、いかがでしょうか」
カーテンの外でスタッフの方が声をかける。緊張しつつカーテンを開けると笑顔を向ける。
「すごく似合っていらっしゃいますね!」
「私の中では結構冒険したんですけど、色とか腕を出すこととか」
「本当ですか?腕とか肩のラインもすごく綺麗ですし、ライムグリーンも顔まわりをパッと明るくしてくれていて、すごくお似合いです!」
お世辞にしても、その言葉は新しい世界へと踏み出す後押しとしては十分だった。
カーテンを閉め、もう一度全身鏡に映る自分の姿を見つめる。
「試着室で思い出したら本気の恋だと思う」
ふと、先日従兄弟に貸してもらって読んだ本のタイトルを思い出す。
作中では、さまざまな境遇の女性が服を試着する過程で特定の男性を想い、セレクトショップを後にするまでのストーリーが記されている。
「ふふっ」
隣の試着室に聞こえないほどの小さな笑いがこぼれる。そして再び今日来てきたTシャツへと着替え、試着室を後にした。
◎ ◎
クローゼットに爽やかな初夏の風を吹かせた彼を手に取り、外へと繰り出す。
あの日、ニットを試着しながら考えていたのは、紛れもなく自分自身のことだった。
じゃあ私は私に恋をしているのかって?その問いは限りなくイエスだろうと思う。
誰かを想って服を着るのも、自分を想って服を着るのも、ベクトル先が違うだけで始点は似たような物だと思う。どうしたら私自身が可愛く見えるのか、その先にある満足にさせたい相手が違うだけなのだ。
私の手元にある一軍たちはこれまで通り私を満足させてくれるだろう。しかし、空気というのは循環させなければ息が詰まる。ルーキーの登場はチーム全体の活力となり得る良き存在なのだ。
真っ青な空と白い雲のコントラスト、燦燦と照らす太陽に当てられながら街を歩く。ライムグリーンのサマーニットにホワイトのデニムを合わせたサマースタイルは、私の気持ちを高めてくれる。
去年までとは少しだけ違う、鮮やかな初夏が始まった。