中学生になり、男女一緒に行っていた小学生の体育の授業から、男女別になり、大人の階段を登り始めたのだなと、ちらっと思った。
男女で色の違う体操服を着ることから始まり、男女で違う種目の授業をやっていた。
身体能力にも差が出てくる思春期だからこそ、男女別々に体育の授業が必要なのだというのは理解した。
しかし、分けきれていないシーンがちらほらとあり、当時ははっきりとは自覚していなかったが、約10年経った今振り返って気づいたもやもやの正体を突き止めた。
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体育の時間になると、女子は着替えを持って更衣室に向かった。
しかし、男子は更衣室がなかったので、女子が教室を出ていくのを待ち、教室で着替えていた。
すりガラスではない教室の前後の窓からは、覗ける状況であり、また、忘れ物を取りに来る女子の突然の突入は、嫌であったに違いない。
「男子だから平気」。当時は、そんなふうに思っていた。
体育の先生は男性の方が多い。
今はもっと増えているのかもしれないが、感覚的には体育科の女性教諭は、1割程度だった。
親の年齢ほど歳が離れている、いわゆる「古いタイプ」の男性教諭もいた。
男子校から転職してきたという教諭もおり、一見しんどそうではないのに、女子が体育を見学するということに難色を示していた。
中高生特有のサボりと、体調不良の見極めは、女性同士でも難しい。
元気そうなのに体調不良の理由として、中高生の頃から、生理痛が重い人もいたと思うので、体育の授業は苦痛だったに違いない。
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私が通っていたのは、プールの授業がある中学校だった。
中学3年生のときは1年に買った水着が小さくなっているが、買い替えるのはもったいないという思いの人が多く、なかなか際どい水着を着ている人もいた。
カップのついていない水着だったため、特に自分でカップを付けずにそのまま着ている人もいた。
本当か嘘か分からないが、それを男性教諭がいやらしい目で見ていたようなことを、クラスメイトが言っていた。
それを聞いてから、男女でプールの授業の時期は分けられていたが、先生が男性だと男女別の意味があるのかと思ったこともあった。
たいていの女子は1ヶ月に1回程度プールを休む。
休む理由は言わなくて良かったが、生理になっていることを知られるのはあまり気持ちの良いことではない。
あるクラスメイトは、数回連続でプールを見学したことがあり、男性教諭からサボりだと疑われ、理由を問われたことがあったそうだ。
そのクラスメイトは、サボりだと思われたくなかったので、渋々「生理周期が安定していない」と理由を言ったそうだ。
テストを受けられなかったり、休みすぎると補習があるため、先生なりの配慮だったかもしれないが、生理については、男性にはできれば隠しておきたい。
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一方で、男子と一緒に部活をすることについても書いておきたい。
水泳部に所属していた女子のクラスメイトは、授業が男女別だからこそ男子と一緒に部活をやることは新鮮だと言っていた
ライバルとして男子と競い合えることは、良い刺激になると言っていた。
男女別を推進したほうが、安心感はあるが、学生時代の思い出としては、共学であるなら、男子と体育の授業を受けるのも楽しかったかもしれないとも思った。