高校3年生の春、私ははじめて恋に落ちた。
私はそれまで好きな人が出来たことはなかった。中学の時から盛んになる女子の恋バナでは、無理やりネタを作ろうと、人気No.2くらいの男の子の名前をあげてやりすごしていた。
高校に上がってみんなが彼氏を作り、一通り経験をしているのを見て焦り、無理やり彼氏を作ってみたものの、好きでもないのに一緒にいるのが苦痛で、3カ月で別れた。そんな恋愛経験ゼロだった私の恋の始まりは、高校3年生の始業式からはじまる。

◎          ◎

相手は学年で一番悪名の高い人だった。クラス発表は始業式の前にすでに行われており、彼をよく知る友人からは絶対に近づかないほうが良いと釘を刺されていた。
彼は入学時から有名人で、なんとなくは知っていた。金髪に近い頭髪で、いつも柄の悪そうな人たちとつるんで、気だるそうに構内を歩いている。なぜか女の子にはいつもモテているのだが、彼女にひどい扱いをするというのがもっぱらの噂だった。
私は絶対にそんな危険人物と関わりたくない、ひっそりと静かに生きようと思っていた。しかし、それは初日から失敗に終わる。

当時、私は遅刻魔でその日も例にもれず遅刻した。始業式なんて出る必要がないと思い、ギリギリ始業式が終わるタイミングで教室にいれば遅刻もつかないだろうというせこい考えのもと、悠々と教室に向かった。
まだ式は終わっておらず、教室には私ひとりだった。どの席に座ればいいかわからず、鞄が置いていない席を探していた時、彼が教室に入って来た。
クラスメイトが戻って来たのだと入口を見て、彼と目が合う。しまったと思った。いつも遠巻きでしか見たことがなかったので、まじまじと顔を見るのは初めてだった。
一目惚れだった。鼻が高くて、目が少し垂れていて、悪い奴のはずなのになぜか柔和な雰囲気がでていた。
「始業式、まだっぽいスね」
彼の透き通った声に、私は身動きが取れなくなった。気づいたら、誰の席ともわからない席に座り、自己紹介にはじまり進路のことを話していた。噂で聞いていた邪悪さは一ミリもなくて、顔も声も、そして指も綺麗で、その日から、私は彼を目で追う日々がはじまっていた。

◎          ◎

夏休みが近づいてきた7月初旬のことだった。
私の学校は選択科目があり、たまたま彼と科目が被っていた。5限が体育で6限が選択授業という時間割の日に、選択科目が自習になったことがある。
本来であれば出席をしなければならないのだが、サボり癖のある私は代返を頼んでこっそり帰ろうと思っていた。彼も同じ考えだということを昼休みに知った。情けないことに春から全く関係が進展していなかった私にとっては、一緒に帰る大チャンスであった。

体育は常に日陰で汗をかかないように徹した。クラスの女子は私が彼のことが好きなのをみんな知っていたので、優しい目で見守ってくれた。ボディースプレーをしっかりと噴霧して、化粧も直して、先に最寄り駅に向かった彼を追った。
次の信号が止まったら話しかけよう、ということを繰り返していくうちに、駅への最後の信号にさしかかっていた。どう声をかけていいのか分からなかった。
もうすぐ夏休みで、彼の塾には彼を狙っている巨乳の女がいるということを友人から聞いていた。絶対にここで連絡先を聞かなければと思い、勇気を出して声をかけた。
彼は不自然な偶然を気にすることもなく、ちょっと汗臭いかもと照れながら、並んで歩いた。本当は電車の方面は違ったのだが、どうにも連絡先を聞き出すことが出来ず、彼と同じ方向に乗った。
彼が降りる直前になんとかメールアドレスを交換できた。なにごとにも代えがたいくらい嬉しくて、胸がぎゅっとした。

◎          ◎

はじめて好きになった人を追いかけたあの夏の日。たった数分の帰り道のことを10年以上経った今でも鮮明に覚えている。
彼の白いYシャツが、太陽光に照らされて眩しかった。あと数mの距離が数百m先に感じられた。彼に話しかけた時、就活の面接より緊張していた。
彼と恋仲になることは残念ながらなかったが、今では仲の良い友人だ。良くも悪くも私を色目で見てこない異性の友達はとても貴重なので、あの夏の私の勇気に感謝している。