今から10年以上も前の小学校卒業の日、私は当時持ち合わせていた勇気を全部使って、思いを寄せていたK君のメアドを手に入れた。
中学校受験をして隣街にある女子校に進学することになっていた私は、合格祝いでケータイを買ってもらっていた。当時は「小学生でケータイを持つのはまだ早い」という考えが主流だった頃だったけど、K君もケータイを持っているということはわかっていた。
「このまま卒業して、4月になったら地元の中学校に進学するK君とはなかなか会えなくなってしまう」
同じクラスで当たり前のように見かけていた姿を簡単に見られなくなってしまうと思うと、なんとか繋がっていたいという思いで必死だった。
小学校の頃、同じクラスだったK君に「告白」したのは自信があったから
全身全霊の勇気とは裏腹に、思いのほかあっさりメアドをゲットしてしまった私は、所属していたミニバスチームの卒部旅行として、夜行バスでディズニーランドに向かっていた。当時どんな悩み事も相談していた親友の隣に座り、私はK君に告白することを決心した。
とりあえずメアドをくれたことに対してお礼のメールを送り、そこから何通かやりとりした後、本文中の見えない位置まで下がったところに文字を打った。
「私はK君のことが好きです」
高速道路のトイレ休憩に入ったところで、メールの受信音が鳴った。差出人はK君。震える手でケータイを開く。「僕も好きです」。
時間はたぶん23時頃だったと思う。小学生だった私にとってはちょっと深夜テンションみたいな気分で、ディズニーランドに向かうワクワク感もあって、その中でK君と両思いだとわかった事実が明らかに私を興奮させていた。でも正直言うと、この告白は上手くいくと思っていた。
小学生の頃、私は毎日ポンパドールという髪型をしていた。前髪を少しふわっとさせて上にあげて、ねじった部分をピンで固定する簡単なアレンジ。このポンパドールが私とK君の距離を近づけてくれた。
「その髪型どうやってやるの?」
クラスの中では比較的物静かで、でも他の子にはない存在感があったK君に急に話しかけられた。女子のヘアアレンジなんかに興味があるなんて思いもしなかった私は、とてもびっくりしながらもやり方を説明してあげた。
でも、言葉で伝えるのは思ったより難しく、もどかしくなった私は思わず、「やってあげよっか?」と口にしていた。誰かに冷やかされるのが嫌だった私は、放課後の誰もいない低学年の下駄箱でK君と会う約束をした。
みんなが下校した後の下駄箱。外に出れば校庭で遊んでる人がいて、もしかしたら誰かに見られてしまうかもしれないというスリルの中、私はK君の前髪に触れた。少し背が高かったK君は屈んでくれていて、いつもより顔が近いところにあった。あまり変に意識しないようにと自分に言い聞かせて、K君の前髪でポンパドールを作った。
その日以来、K君はその髪型を気に入ってくれたみたいで、学校が終わって家に帰るまでの間だけ前髪をポンパドールにしていた。もちろん1人じゃ出来ないから、誰もいない下駄箱で私がセットしてあげていた。これは2人だけの秘密だった。
この時から私にとってK君は、明らかに特別な存在になっていた。授業中にK君と目が合うことも多くなって、確実にお互いを意識しながら過ごしていた。
そういうことがあったから、私は告白が成功することに少し自信があったのだ。
中学に入ってK君とはほとんど会えなかったけど、メールは続いていた
私は中学校に入学して、バスケ部に入った。平日の帰宅は毎日21時を超え、休日も練習や試合で1日オフの日はほとんどなかった。K君とは頻繁には会えなくても、メールのやりとりは続けていた。
初めてのデートは、今でも覚えている。アリス・イン・ワンダーランドの映画を観に行った。緊張しすぎて、ポップコーンも買わずに中に入ってしまった。ちょうどお昼時で、お腹の音が鳴ってしまうのを堪えるのに必死で、正直映画の内容なんて覚えてない。それでも楽しかった。
いや、楽しかったのかな? K君との関係はそう長くは続かなかった。小学校の頃は同じクラスで毎日顔を合わせていたのに、中学生になって全然会えなくなって、ケータイの中だけの繋がりに私が耐えられなかった。
卒業から2ヶ月経った頃、私はK君に一方的に別れを告げた。同じ小学校出身で、私と同じように受験してバスケ部に入った友達のOちゃんと遊んでいた日だった。別れ話を切り出すことをOちゃんに相談して、結局私はK君を突き放してしまった。
自分勝手にK君に別れを告げてしまったことを、今でも謝りたい
夏になって、部活の遠征で三重県に泊まりに行った。ホテルの部屋には私とOちゃん、先輩が2、3人いて、恋愛の話になった。私は小学校卒業から2ヶ月程度K君と付き合っていたこと、そして私が一方的に振ってしまったことを話した。
「なんか、全然会えなくなって冷めちゃったんですよね。向こうはまだ『好きだよ』って言ってくれてるんですけど、なんかそういうんじゃなくて……」
ふとOちゃんを見ると、表情が暗い。先輩もそれに気づいて声をかける。
「Oちゃんどうしたの?」
「……私も、K君のこと好きだったんです」
衝撃的な一言だった。小学校の頃からずっと一緒にいたのに、OちゃんもK君が好きだったことをそこで初めて知った。
「え……そうだったの?ごめんね……」
私は謝ることしかできなかった。Oちゃんは、私がK君を振るのをどんな思いで見ていたのだろうか。Oちゃんの立場を考えたら自分があまりにも身勝手で、罪悪感で潰されそうになった。
社会人になった今でもOちゃんとは仲良くさせてもらっているけれど、あれ以来K君の話をしたことはない。10年の間にケータイを何度も換えてK君の連絡先はわからなくなって、私が一方的に関係を終わらせてしまってからK君と連絡は取っていない。
でも、そんな今でもたまに、K君のことを思い出す時がある。今どうしてるかな? 私と別れてからどうやって過ごしてきたのかな? 私のせいで恋愛がトラウマになってないかな? 幸せに過ごしているかな?
もしできるのならば、今からでもK君に謝りたい。
「あの時は身勝手でごめんね。私の都合のせいであなたを傷つけてしまったよね。本当に、ごめんね」