18の初夏、私は神様と出会った。
思い出したくもないような、痛くて暗い高校生活。最後に受験戦争でとどめを刺された私は、まるで廃人のような大学生活を送っていた。
何度も何度もぼろ雑巾のようにズタズタにされたのに、懲りずにエベレスト級のプライドを抱えていた私は、すぐに見栄を張って「私は凄い人間のはずなんだ」と自分を大好きなふりをした。
本当は、傷付くことが怖くて、関わる前から他人を遠ざけるダサい自分が大嫌いだった。変わりたいけど、何へと変わればいいのか分からなかった。
暗い高校生だった私と「神様」との出会いは突然だった
前学期も後半に差し掛かったある日、YouTubeでとある動画をたまたま目にした。あるロックバンドのライブ映像だ。
邦ロックは少しだけ齧っていた時期があったから名前は聞いたことがある、そんなバンド。
普段、滅多に新しい音楽は開拓しない。だけどその日はたまたま、本当にたまたま気まぐれでその動画をタップした。指先一つで人生が変わるなんて、全く思ってなかった。
始まるや否や、ギター、ベース、ドラムの音がけたたましく響く。ギターボーカルの男の人が、観客に向かって喉が千切れるんじゃないかと思うほどに叫んでいる。
あまりの熱量と必死さゆえに、言葉は断片しか聞き取れない。多分現地にいる人達もそうだったはずだ。それでも観客は沸いていた。私も、胸の内がふつふつと煮え立つ感覚がした。
なんだ、この人は。
殴りかかってくるような熱さでギターをかき鳴らす彼が大きく息を吸い込んだ。歌声が波となって空気を揺らし、私の鼓膜をも揺らした時には、彼はもう、私の神様になっていた。
その日を境に、私の生活はそのバンド漬けとなった。曲を狂ったように聞いて、ライブ映像を見漁った。そしてそれ以上に、ギターボーカルの彼が紡ぐ詩やメロディ、歌声、そして彼自身という人間の信奉者となった。顔がかっこいいとか恋してるとか、別にそういうものではない。そんなに可愛らしく、生易しい感情ではない。生きるために必要だった。
「神様」に会えるチャンス。やめる理由はなかった
ある日ツイッターを眺めていると、そのバンドが夏に大阪でワンマンライブをやるという告知が流れてきた。
関東に住んでいる私にとって、大阪は気軽に行ける場所ではない。時間的に日帰りじゃ帰ってこれないだろうし、そもそも一人で行くだなんて寂しい人間だと周りに思われないだろうか。
頭の中に「やめておく」理由がぽんぽんと浮かぶ。いつもこうだ。何かと理由を付けて結局やらない。そんな自分が嫌いだけど、どうしようもなかった。
けど今は、彼に、生身の神様に会える、それだけで「やめておく」理由なんてなかった。これまでの人生では考えられないような行動力で、私は単身大阪へと乗り込んだ。
新幹線で3時間半、新大阪につき、地下鉄に乗り換え、人に道を聞いたりしながらなんとか会場へとたどり着くことが出来た。途中迷子になったせいでギリギリの滑り込みだったから、息をつく暇もなく、会場は暗転した。
ギターの音が響く。あの日、YouTubeで聞いた音よりもずっとずっと圧が凄い。ぱっとライトが眩しく光る。鼓膜がすり減るほどに聴いた声が、波となって押し寄せてきた。
ああ、いるんだ。彼が、目の前に。
ライブはあっという間に終わった。ひとりライブ会場を出て、知らない町を歩く。すぐにホテルへと向かう気分にはなれなかった。
寝屋川のほとりを歩きながら、先ほどまでの熱や高ぶりをぼんやりと思い出す。
やっぱり、彼は神様だった。初めて生身の彼を見て、改めてそう感じた。凄い人だ。きっと何人もの人を私のように、造作もなく救っているんだろう。
会えてよかった。知らない街で思わず走り出した夜
あなたに出会えてよかった。
熱に浮かされていたから、恥ずかしげもなくそんなことを考えていた気がする。
本当に出会えてよかった。見栄とかプライドとか、彼はそういう場所では生きていなかった。自由に、痛いほどにまっすぐ自分自身を表現していた。私もそうなりたかったのだと、初めて気づかせてくれた。
高ぶりが収まらなくて、たまらなくなって、思わず小走りになった。知らない町で、ひとりで走れるようになるなんて思ってもみなかった。存在価値の評価を他人に委ねて、自分を殺しながら人に縋り付いていた私が、だ。
熱帯夜だけど、川の方から吹いてくる風が少しだけ涼しくて気持ちが良かったことを鮮明に覚えている。
あれから季節が一周し、再び夏が来る。今思うと、あの夜の私は最強だった。人目も気にせずにとにかく楽しくて、きっと無敵だった。
この1年間、また色んなことに苦しんだ。嫌なプライドだってまだ捨てきれていないし、人目も気にしてしまうし、理想とは程遠い。
でも、少しだけ自分を認めて、好きになれたと思う。あの日彼に出会えていなければ、あの大阪の夜がなければ、絶対こうはなれていなかった。
今年も、きっと最高の夏に出来る。神様と出会って、私はもっと変わっていけるはずだから。