私が、人生に一度と言っても過言ではない、大失恋をしたのは大学1年の時だ。
そう、好きなバンドのボーカルの、ライブ終盤での結婚発表。
今でも、その時の衝撃は忘れられない。
悲しい、嬉しい、信じられない、おめでとう、の様々な感情が心の水面にいっぺんに上がってきて、それはごぽごぽと分かりやすく溢れた。
同じくらい、涙もこぼれた。
恋は盲目。何度も勇気づけられたあの人に、今も憧れを抱いている
なんたって、中学生の時から好きだったのだ。
「この曲素敵!」のはじめましてから、そのバンドの過去の曲を片っ端から聴き、新曲は勿論、発売日に初回限定盤を取りに行けるよう、タワレコに毎度予約は欠かさなかった。
MVは何度も観たし、歌詞だって全部覚えてるんじゃないかってくらい聴いて暗記した。
親に頼み込んでファンサイトに入り、学生ながらお金も移動距離も頑張って(なんならカツカツ)ライブへ向かった。
地方だろうと厭わない。
恋は盲目、なんて言うけれど、本当に表現としてはそれに近くて。
よく言えば熱心的、悪く言えば酔狂的な、のめり込み型タイプのリスナーでありファンだったと自分でも思う。
現在、あと少しでアラサーの仲間入りの年齢になった今、そこまでの熱量は発揮できないけれど。
バンドメンバーは4人で、私は4人全員好きだった。
ライブでのMCは仲の良さが伺え、ファンサイトでのブログや紙面でのインタビューでは、人間性の素敵さが顕著に表れていた。
中でも、ボーカルの人に凄く憧れていた。
いた、ではない、"今も"憧れている。
何度も何度も、歌詞に涙し勇気づけられ、ライブやメディアで発するメッセージに心打たれた。
いちファンとして、憧れという恋をして、応援という愛を抱いた
そりゃ、芸能人だから、人間だから、私が見ている「表」がその人なわけでもなく。
だから当然だけれど、付き合いたいとか、結婚したいなんて思わなかった。(そもそもそういう意味での恋ではなかった)
ただ、ひたすらに存在が心の支えだった。
恋にも愛にも種類がある。
間違いなく、私はその人に「憧れ」という恋をして、「応援」という愛をもっている。
その人にとって、私は紛れもなく顔も名前も覚えてもらえないような存在で、ただのいちファンなのだけれど、
それでも私は、そのひとから生まれた言葉の羅列を、そのバンドから生まれた音楽に出逢えて、とってもとっても幸せ。
泣きそうな日。
どうしても強くなれない日。
寂しくて仕方ない日。
元気になりたい日。
青空が素敵だと感じた日。
あなた達の音楽を聴いては、何度も何度も慰められ、素直に泣くことができて、勇気が湧き、強くなれた。
頑張ろう、って思えた。
温かく、心を心地よい温度で包んでくれるような彼等の音楽に、私は幾度となく救われた。
この時代に一緒に生まれることができた奇跡。音楽への恋は終わらない
終わらない恋の理由、それは、あなた達の音楽。
出逢えてからもう10年経った。
気付いたらメンバー全員既婚者で。
"ああ素敵な人達だから、素敵な人に出会い結婚までいたるのは、当たり前かぁ"なんて感じる。
この、ちょっと息苦しく、混沌していて、けれど美しい時代に、一緒に生まれる事ができて、今この瞬間も同じように生きているんだって思ったら、なんて奇跡なんだ!と思う。
大袈裟だけど、神様、私をこの時代に産んでくれてどうもありがとう。ママありがとう。
素敵なバンドに、音楽に出逢わせてくれてありがとう。
大好きなバンド、flumpool、素敵な音楽を、感性をいつもありがとう。
この世界が美しく思える理由の1つに、あなた達の存在と音楽がある。
10年以上も好きなんだから、きっと私が死ぬまで、彼等の人間性と音楽への恋は、終わらないと確信している。
さいごに、某有名なキャッチコピーを引用させていただく。
No music, no life.
彼等の音楽は、私にとっての光なのだ。