土曜日の10時、私はYouTubeで音楽を流しながら、いつものように毎週末の習慣である自室の掃除をしていた。ランダムで曲が再生されていたスマホから、私の大好きなバンドの女性ボーカルの歌声が流れ始めた。
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そのバンドと私が出会ったのは、約6年前に遡る。
当時社会人2年目だった私は、職場での女性社員たちからのパワハラや、まだまだ思うようにこなせない大量の業務に精神的にしんどい毎日を送っていた。
ストレスからなのか仕事でのプレッシャーからなのか、寝ないといけないはずなのになかなか眠れず夜更かしをする毎日。
彼女たちに出会ったのはそんなある夜のことだった。

真っ暗な部屋の中でつけっぱなしのテレビからは、深夜の音楽情報番組が放送されていた。有名アーティストから初めて目にするアーティストまでその番組では取り上げていたから、眠れない夜はこの番組を見ながらぼーっとするのが、私にとってのお決まりになりつつあった。
いつものようにぼんやりテレビ画面を見ていると、『九州発の4ピースバンド』という紹介とともに、彼女らのコメントと4人の新曲だというMVが流れた。
私より少し年上の女性ボーカルの可愛いけど力強い歌声に合わせて、他の男性メンバー達がドラムやギター、ベースで奏でるキャッチーなメロディーが画面から流れてきた。

なんだろう。この曲とこの声、すごく元気が出るなぁ。
その時は、ぼんやりとそんなことを考えながら番組終了後、私はいつの間にか眠りについていた。

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翌朝。普段なら憂鬱な出社の準備だけど、いつの間にか昨日聞いた曲をふんふんと鼻歌まじりに準備している私がいた。
どうしちゃったんだ、私。
仕事中も休憩時間中も、昨日初めて聞いたばかりのメロディーが脳内を駆け巡って離れない。帰宅途中も私はその曲を無意識のうちに口ずさみながら帰っていた。
なんだなんだ、こんなこと初めてだ。

……気が付くと、私は昨日初めてテレビで見たばかりのロックバンドをネットで検索し、ライブを申し込むまでに至っていた。それくらいこのロックバンドのメロディーや彼女の歌声に私は引き込まれてしまった。

あと2ヶ月乗り越えたら、この1週間乗り越えたら、今日の金曜日を乗り越えたら。
ライブを申し込んだ日から、彼女達の歌を直接聞けるんだ!と思う気持ちがストレスフルだった私の毎日を乗り越える原動力になってくれた。
パワハラを受け続けても「立ち向かってやろうじゃん!」と思えたし、憂鬱だった仕事もほんの少しだけど「ライブのために頑張ってやるか!」と思えるくらい、彼女たちのパワフルな曲のおかげで前向きな私になれた気がした。

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憂鬱な日々を乗り越えて迎えた、ライブ当日。
彼女たちの地元で開催されたライブのために私は夜行バスに乗り込んだ。道中は彼女たちの声を、演奏を、生で聞けるなんて……!!!と興奮がおさまらず、眠れなかった。

ライブハウスをGoogleマップで検索し、浮き足だちながら私は会場を目指す。移動中SNSを開くと、彼女たちが今日の公演を楽しみにしている様子や練習風景が投稿されていて、私の胸はどきどき高鳴った。なんか、夢みたいだなぁ。
会場に到着すると、入り口にはホワイトボードに手書きで本日のライブ日程が書かれていた。もうこの小さな箱の中には、彼女たちがいるんだ……!!!

開場時間になり、コインロッカーに荷物を預けてライブハウスの中に入る。
これまでドームや、アリーナなどでのコンサートには行ったことがあった私だったけど、こんなに演者と観客が近い小さなライブハウスに入るのは初めてで、すごく興奮した。

真っ黒な空間の中、スポットライトに照らされてひときわ輝くスタンドマイクに、ドラムセット達。
ライブハウスだから座席は無くスタンディングのため、会場に集まったファンがどんどん前方に押し寄せられていく。隣の人との距離も近いからか、ライブが始まる前からファン達の熱気は物理的にも心理的にもじわじわと高まっていく。

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「楽しみだねー!!!」
「あの曲、今日のライブで演奏されるかなー」
周りのファン達も楽しげに話をしながら開演を待っていた。私も同じ気持ちだからうんうん、と心の中で相槌を打ちながら同じ気持ちで開演を待った。

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ライブ当日までに私が反芻して聞いていたバンドの楽曲のイントロが鳴る。
ワー!!!という歓声や拍手と共にメンバー達が登場した。

メンバーとの距離、約3メートル。
ボーカルの彼女の歌声がすぐ目の前で聴こえ、ドラムのドンドン、という重低音が心臓にドクドクと響く。
ベースの彼やボーカルの彼女の楽しそうに歌い、演奏する姿にこっちまでつられて右手を高く上げてレスポンスを返す。なんだろう、すごく楽しい!夢みたいだ!
両手を高く上げ、リズムに合わせて手拍子をしたり、彼女の声に合わせて全員で歌ったり、笑ったり、跳ねたり、会場が一体になった瞬間を体で何度も感じた。

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楽しい時間はあっという間に過ぎてライブの終演後、グッズを購入したファンがメンバー達と直接話せる機会が設けられ、私もその列に並んだ。メンバーと直接話せる機会があるなんて……!!!
開演前のような興奮状態になりながら彼女たちと話せる順番を待つ私。

あと20人だ。
あと5人だ。
わ、どうしよう、もう次だ……。

彼女に、この曲にたくさん助けられたこと、このバンドが大好きなこと、今日のライブが最高だったこと、これからも応援していること、たくさん伝えたいことはあったけど、興奮と緊張で何と言ったか思い出せない。
ボーカルの彼女の笑顔が眩しくて、今まで私の支えになってくれたバンドのメンバーと直接話せたのが夢みたいで、思わず涙がこぼれた。
感極まって泣いてしまった私を彼女は優しくハグしてくれた。その時の体温の温かさも、彼女の笑顔も、もらった名前入りの色紙も、一生大切にしたいし忘れたくない。

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そのライブ後も、私はそのバンドのライブに足を運び、彼女たちから元気をもらった。
バンドメンバーに名前を覚えてもらったり、彼女たちの新曲を求めて発売日にCDショップに行ったり、彼女たちの活躍がいつも私の原動力になっていたのは確かだった。

しかし、数年前に彼女たちのバンドはメンバーの脱退や加入があり、少しずつ変化していったように思う。楽曲も私が元気をもらい、大好きだったかつてのものとは少し印象も変わってしまい、コロナ禍突入以降は彼女たちのライブも軒並み中止になり、少しだけ私もそのバンドと距離を置いてしまった。

だけど6年前のあの時、彼女たちの曲が耳を離れなかった衝撃や、初めてライブハウスに足を運んで感じた熱気や感動、そして直接かけてもらった温かい言葉、それはいまでも鮮明に思い出せるくらい心に残っているし、これから歳を重ねてもずっと覚えていたい。
少しだけ距離は置いてしまったけれど、もしまたそのバンドのライブに行ける機会が出来たらもう一度足を運んで、直接感謝を伝えたい。それまでは遠くからだけど、彼女たちの活躍を応援していく私でいられたらな、と思う。