社会人になって転勤を経験して、初めて関東以外の土地に住むことになった時、「絶対もうこんな会社やめてやる、早く関東に帰りたい」って思った事を強く覚えています。
関東を出て初めて住んだのは名古屋でした。
新幹線だったら東京からでもぎりぎり通えるくらいの距離。大都会で、十分に栄えている街。

◎          ◎

でも、私にとっては全てが初めての体験に思えて、ストレスを感じる日々でした。
東京では電車やバスに乗る時、沢山人が乗れるように奥まで詰めて乗るのが当たり前だと思っていたけど、あんまりそうする人がいないので逆に迷惑な顔をされる、とか、街を歩く時に左右前後に人がいれば立ち止まる時は端っこに寄る、とか、ぶつかりそうになったら器用に避ける、みたいな今思えば関東らしい意識みたいなものが通用しなくて、逆に人にぶつかってしまうなど、今まで自分が当たり前だと思っていた感覚が実は関東特有のものだったのだと驚愕しました。

最初はもちろん戸惑い、不貞腐れて「早く帰りたい」ばかり言っていた覚えがあるのですが、そんな自分の見識の狭さに対する洗礼などを受けながらも、知らない街に住むことを楽しむ心の余裕が出てきたのは1ヶ月後くらいのことでした。

◎          ◎

名古屋特有のモーニングに出会ってしまったのです。
名古屋のモーニングは、もちろん店にもよりますが、朝早くに始まり、午前中の早い時間には大体終わってしまいます。
なので、モーニングを食べたいのであれば早起きは必須です。

私は子供の頃から朝に弱く、ただでさえ平日は朝早く起きざるを得ないのに、休日まで早起きするなんて無理だと思っていました。
でも、会社の先輩たちによると名古屋のモーニングはすごいらしい。覚悟を決めて、ある休日に名古屋で有名なモーニングのお店に早起きして行ってみました。

その道中にまず驚いたのが、近所にあった関東でも有名なチェーンの喫茶店のモーニングを目当てに、駐車場から溢れた車が沢山路上駐車していたこと。
そこまでして皆モーニングを食べたいのか、どうしてそんなにモーニングにこだわるんだろうと疑問に思いつつも、期待に胸は高鳴っていました。

お目当てのカフェに着くと、朝8時だというのに並んでいて、いざ入ってみると老若男女、ファミリー層もおひとりさまもサラリーマン風の人も、誰もが一緒の空間で甘いあんバタートーストを頬張っているのです。

甘い物に目が無い私にとっては極楽だと思ったのですが、お年寄りも男性も、皆人目を気にせず口いっぱいに頬張っているのを見て、食べてはいないけどその瞬間、名古屋がどれだけ素敵な街かということと、モーニングのために名古屋人が早起きする理由を理解したのです。

実際に早起きして飲むブラックコーヒーは身震いするほど身に染みて、こんなにも美味しいものか、と驚きました。
そして、朝から罪悪感たっぷりの甘いトーストを、なんてことないみたいな顔をしてサービスしてくれて、それを頬張ったときの、早起きしてよかった!と心から思う感じ、私の中では革命が起きたくらいの衝撃でした。

◎          ◎

それからモーニングの虜になり、早起きの達人になってしまった私は、もちろん名古屋中のモーニングを食べ歩きましたし、その後別の場所に引っ越した際も美味しいモーニングを探してしまうという習慣ができてしまいました。

嫌でたまらなかった転勤、大嫌いだった初めての街。
私に自分の見識はこんな狭い日本の中でもたったの一部で通用するものでしかなくて、全てではないことを教えてくれました。
そして、自分の苦手なことすらなくてはならないと思うほど好きなことに変えさせてくれた名古屋での生活を、これからも一生忘れることはありません。