私は、いつも母に甘えている。家の手伝いも全くやらないし、そもそも出来ないことが多すぎる。正直、母がいないと生活が成り立たない気がする。年齢の割に生活能力が低すぎるのだ。冗談抜きで百年あっても自立出来そうにない。
しかも、母に何かしてあげた記憶がほとんどない。誕生日ですら、試験勉強や部活を理由に、ほぼ何もしてこなかった。それでも、母はいつも私一番でいてくれる。
母がやっていることが、当たり前ではないのだということは理解しているつもりだ。でも、家の中で過ごしている時は、自分のことで精いっぱいになってしまって、どうしても甘えてしまう。

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私には「物語を作る仕事がしたい」という夢がある。私は夢に一直線、という感じで、他のことにはあまり手を付けられていない。
いかに面白いストーリーを作るか。
深みのあるキャラクターを生み出すには。
心に響く文章表現とは?
こんな風に、私の頭の中は、常に自分のことだけでとっ散らかっている。そこに他人への思いやりが入り込む余地はない。
私は不器用だ。一つのことを出来るようになるまでに、平均より時間がかかってしまうことの方が多いし、色々なことを同時に身に着けるなんてもっての外だ。
物語を書くのは好きだ。だけど、それは私にとって簡単なことではない。小さなことに、すぐ躓いてしまう。正直、自分に才能があるのかどうかも、だいぶ怪しい。元々何も持っていないなら、そこは努力で埋めるしかない。だから、私は努力しなければならない。他のことは全てほったらかして。

でもこれは、自立しない言い訳でしかない。さっき「母がやっていることが、当たり前ではないのだということは理解しているつもりだ」と書いたけれど、前言撤回。ここまで言い訳ばかり出来るのだから、真の意味では母のありがたみを理解していないのだ。私は心の底ではきっと、母の愛情は無限で無償のものであると、勝手に思い込んでしまっている。
どうしようもなく、自分勝手な娘だ。

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それなのに。
母は私のことを包み込んでくれる。
ただ、私の夢を応援して、見守っていてくれる。私がやってみたいと言ったことを、母は一度も否定したことはなかった。全て受け入れてくれた。
私は、母に感謝を示す行動を取ったことがないのに。自分のことしか、考えていないのに。

だから、思うのだ。
根性が甘ったれていて、不器用で、何を成し遂げるのにも時間がかかる。そんな私だからこそ、母への感謝は絶対に忘れてはならない。
少しずつでも出来ることを増やして、自立しなければならない。たとえ、どれだけ時間がかかったとしても。
そして、今まで母にしてきてもらったことを、注いでもらった愛情を返したい。今、私が夢を追っていられるのも、母のおかげなのだから。

その第一歩が、このエッセイだ。この決意を永遠に忘れないために、私は文章で残しておく。ウルトラハイパー成長がゆっくりな私が、親孝行出来るその時まで。
「お母さん、ありがとう」
この気持ちを込めて。