とにかく結婚をしたいと婚活にいそしんでいた時に、結婚願望のない男性に恋をした。そこから私の価値観は大きく変わった。
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彼は自分の夢のために、仕事の傍ら、毎日努力していた。今は誰かを大事にする余裕がないと、告白したときにそう言われて振られた。
彼は三十二歳で、三十を超えてもまだ自分の夢を成せていない状況に焦っていた。そんな彼の姿は、とても眩しく、格好良かった。
というのも、私自身、学生の頃から物書きになる夢があった。三十になるまでに小説やシナリオで、何かしら入賞して、それを仕事にしたいと思っていた。
しかし、大学生では視野を広げるという言い訳のもと遊びやバイトや恋愛に傾倒し、社会人になるとはじめは終業後夜遅くまで文字を紡いでいたが、次第に仕事や婚活を言い訳にその夢を蔑ろにしまっていた。
だから、三十を超えてもなお、自分の夢を一番に突き進む、不器用な彼がとても眩しかった。
そんな彼が刺激になり、私は再び物書きをはじめた。そうすると、周りが結婚をしていく中で、どうも結婚に100%舵を切れなかったもやもやとした気持ちの正体が分かった。
まだ、私は第二の人生に踏み出すフェーズではなかったのだ。その時思い浮かんだ言葉が「私はボルトではなくて、まだナルトでいたい」だった。
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説明不要かもしれないが、ナルトとは世界中で愛される忍者漫画「NARUTO」の主人公である。ボルトはナルトの息子で、「NARUTO」連載終了後、次の世代の作品としてはじまった「BORUTO」の主人公だ。つまり、平たく言うと世代交代したのである。
ナルトはボルトの偉大な父として作品に君臨し続けるが、主人公はあくまでボルトになってしまった。先の言葉は、私はまだ、主人公でいたい、まだ自分ひとりで成し遂げなければいけないものがあるのだという思いを「NARUTO」に置き換えたものである。
自分で発した言葉ながら、ことあるごとに私の背中を押してくれる言葉になった。
私の友人は大半が結婚しており、すでに二児の母もたくさんいる。今までは、彼女たちから婚約や出産の報告を受けると、非常に羨ましく惨めに感じ、月曜日であっても翌日に酒が残るくらいヤケ酒に走ってしまうことが多かった。
しかし、私はまだ主人公でいたいという思いを自分の中で固められた時から、純粋に祝福することができた。そして、彼女たちはそんなつもりはないのだろうけど、自分の人生を一度一区切りし、子どもを中心の生活を送る覚悟をしていることを称賛した。
私が手に入れられないものをもっていること自体への憧れはあるが、私はとりあえず、全力で自分の夢と向き合ってから、次に進みたいと思っている。そんな青臭いことをと人は笑うかもしれないけど、漫画の主人公はたいてい不可能と言われたことを可能にしてきているので、私もその可能性にあやかりたい。
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私の考えを変えるきっかけを与えてくれた彼にこの言葉を告げたら、最初は茶化されたものの、しばらくたった後に彼自身を鼓舞する言葉になったと聞いた。自分の言葉で評価されたいと思っていた私にとって、それもまた少しの自信につながり、やっぱり物書きで、一度でもいいから評価されたいと再認識した。
私は今年の夏に三十になる。かなりの長編になってでも、周りのライフステージの変化に惑わされず、まずは自分が主人公の物語をハッピーエンドにできるように眼前の夢に向かって頑張っていきたい。
そして、願わくはその時には、彼の夢も叶っていて、二人で手を取り合って次のステージに進んでいることを祈る。