羨ましい。自分の家に自分の部屋があるなんて。
私には、自分の部屋と言い切れる場所がなかった。父と私の兼用の部屋のみだった。年頃の娘が父と一緒の部屋なんていられるわけもなく、勉強をする場所もほとんどが台所だった。

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父と私の兼用の部屋には自分の荷物の一部が置いてあるものの、父の服やら筋トレ用のバーベルやら、よくわからない本たちが並んでいて、自分だけの部屋とは父も私も言えない何とも微妙な部屋と化していた。
そのため、今でも仕事をするのも、創作活動をするのもエッセイを書くのも全部台所だ。
作業をするほとんどが台所なので、飲み物や食べ物が豊富にある。気軽に飲み物や食べ物が手に入り便利ではあるが、人の行き来が激しい。当たり前だ。我が家の台所はみんなが使うところなんだから。

でも、人が何度も出入りするとどうも作業が進まない。気が散って実に効率が悪い。なんなら話しかけられて作業を中断してしまうことだってある。かといって、あの父のものか私のものかもわからない微妙な部屋で作業をするのも落ち着かない。そして結局は人が少ない時間帯を狙って台所で作業をすることになる。
仕事をするのも工作するのも多少の中断は仕方ないと思えた。途中で止められると少し不快感があるが、続きから始めればいいと思えた。

でも、どうしても邪魔されたくない時間があった。
文章を書くときだ。

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文章を書いているとき、思いを言葉にするとき、その時の感情はその瞬間にしか湧かない。自分が考えた文章でも、数分後に同じ文章を一言一句間違えずに書けと言われても書けない。それは、その一瞬一瞬で思った言葉は変化していくからだと思う。

誰かに急に話しかけられたら、大切な言葉を忘れてしまうかもしれない。溢れた言葉や想いが途切れてしまうかもしれない。仕事や工作は次にすることや、やらなければならない作業が大体決まっていて、後回しにできることが多い。でも文章は違う。言葉は違う。今その瞬間が大事なのだ。
文章を書いている時間は私の大切な時間だ。
誰にも邪魔されたくない!

だから私は、邪魔されないための方法を考えた。
部屋の改革だ。

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姉が家を出ていったため、一部屋空きができた。そこに父の私物を一部移動し、私と父の共同の部屋を私のものにする。今まで何十年も放置されていた物置き場や押し入れを一気に掃除した。父の使っていない本や雑誌、筋トレ道具などをしまうためだ。

邪魔されたくない時間があるから、邪魔されたくない思いがあるからこそ、家ごと掃除してやる気持ちで、夏の暑い時期に汗を流しながら片付けた。いらないものといるものを分けて、いちいち家族に尋ねるのは大変だった。1階から3階までの往復を1週間で100回はしたと思う。そのため、休みの日もクタクタになった。ホコリだらけになり、タオルや靴下も捨てることになった。アレルギー性皮膚炎のため、掃除で皮膚はボロボロに荒れた。誰かが褒めてくれるわけでもお金になるわけでもない作業が続く。正直辛い。でも、それでも私は片付けをやめなかった。

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邪魔されたくない時間のためなら、時間も身体も犠牲にできた。それだけ私にとって文章を書く時間は特別だった。
何十時間も片付けをして、物置き場の荷物がどんどん少なくなっていった。そこに父の荷物を置けるようになった。父と私兼用の部屋は、少しずつ私のものの割合が増えていった。
まだまだ完璧ではない。まだ父と私の兼用の部屋のままだ。でも、私はこの夏、父と私兼用の部屋を、私の部屋だと言えるくらいに片付けると決めた。
文章を書く時間を邪魔されないために。大切な思いや言葉を逃さないように。