彼とは去年の秋に、マッチングアプリで知り合った。最近ぼんやりと喧嘩のようなものをして、少しだけ連絡をとっていなかった時に「もう会うこともないのかな」と思ったら、「ありがとう」の気持ちでいっぱいになったのだ。
それだけ感謝できるほどに、彼は私に多くのことをしてくれた。そしてそれらは、男性から初めてしてもらうことが多かった。

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これまで彼とは何度も出かけているのだが、ほとんど毎回水をくれるのだ。初めてされた時にびっくりした。電車で隣に座っている時に、はい、と500mlのペットボトルを渡されたのだ。
男性と出かけたことは何度もあるが、元から買っておいて飲み物を渡してくる人など見たことがなかった。気が利く人だな、と思った。
それから、美術館などの展覧会に行く時も事前に予約をしていてくれた。これも毎回だった。予約の際に決済も済ませているようで、いつもスムーズに入場出来た。男性が事前に予約をしてくれている、なんて多分今までなかったと思う。展覧会に限らず、飲食店なども含めてだ。

こういう人だから、飲食店などでの会計も全部支払ってくれることが多かった。
よく、女性がお手洗いに行っている間に会計を済ませるのがスマートなやり方として挙げられるが、それを初めてしてくれたのもその人だった。というか、その人以外にそれをしてくれた人は後にも先にもいなかった。
だから、よく聞くその話も、彼に会うまでは幻に近いような認識だったが、本当にこの世にそういった人が存在するのだと、彼のおかげで知ることが出来た。

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極めつけは私がコロナになった時だ。
コロナになった話をしたら、商業施設に出かける予定があった彼が、何か食べるもので欲しいものはないか、と聞いてくれたのだ。デパ地下のような所だったから、好意に甘えていくつかお願いした。数時間後、家まで届けてくれた。置き配のような感じで。紙袋にして三つも。
別に家が隣同士とかでもなく、電車を使って多分30分以上はかかるのに、わざわざ来てくれたのである。優しい人だな、と思った。多分優しいの定義を超える優しさであるように思う。

その後、ホテル療養に移った私は、そこでも彼の優しさに触れることになる。
ホテルがたまたま彼の自宅から徒歩で行ける距離にあった。1週間ほどの療養を終える前日、彼と連絡をとっていたら、荷物が多くて大変だったら駅まで迎えに行こうか、と言われたのだ。
確かに1週間の滞在で、スーツケースを持ってきていたし、行きは自治体が手配してくれた車で送迎してもらえるのだが、帰りは自力で帰らないといけないのだ。それを知っていた彼の気遣いであった。
療養で1週間以上人に会っておらず、見た目がぼろぼろすぎたのでさすがに断ったが、優しい言葉であった。

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ここに書いたこと以外にも色々あるのだが、こうして振り返ると本当に色んなことを自分が彼にしてもらっているんだな、と再認識させられる。そして、たくさんの初めて、もまた彼が教えてくれた。

彼がしてくれた数々のことに、いつもありがとうと言ってはいるが、してくれていることに対して言葉で返すというのは、あまりフェアではない気がする。一応行動でも示すようにはしているが、十分ではないように思う。
自分がそういう行動をとってもらうのに値する人間で常にいられたら、と思うし、大切だと思っている彼と喧嘩をしている場合ではない、そう思った夏の夜であった。