私の仕事場には掃除の方がいる。入社時、総務から「こちらが、掃除のおばちゃんです」と紹介された際、「こんな田舎で小さな会社でも、掃除の方を雇うんだ」と驚いた。
掃除のおばさんは、シルバー人材センターから派遣されている。「おばちゃんは、シルバーから選ばれてここに来てるんよ」と冗談半分で話していたのが懐かしい。
おばさんは、トイレから花壇の手入れまで、広範囲で多岐にわたる業務を1人で全うした。気さくな方で、社員から信頼も得ていた。完璧主義で、業務時間前からやって来て、掃除をしてくれた。元気で仕事熱心な方で「100歳まで来るから」と宣言していて、頼もしかった。

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だが突如、掃除のおばさんは、辞めることになった。総務のおばさんとの性格の不一致で、喧嘩になったからだ。
過去にも、2人は言い合いを繰り返していた。お互いに主張が強く、一歩も譲らず、口調もキツいのが原因だった。おばさんは「もう、辞めるけん」と何度も私や総務に言ったことがあるが、それは一時的な感情だ。だから今回も「またか」という気持ちと「辞めないで」という気持ちが入り混じっていた。

以前も一度だけ、掃除のおばさんが本当に辞めかけた時期があった。私は掃除のおばさんが居なくなることを想像するだけで、悲しくて涙が出た。仕事終わりにプレゼントを購入して、翌日「辞めてほしくないです、寂しいです」と伝えて渡した。
掃除のおばさんは感動してくれて、翌日は気持ちを入れ替えて、辞意を撤回した。「娘から、こんなに大事に想ってくれる社員さんがいるのに、辞めるなんてもったいない、と説得されたんよ。ありがとうね」と言ってくれた。おばさんを引き留めた責任は感じつつも、再び毎日会えることになり、嬉しかった。

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だが、今回は本当に辞めてしまった。いつものように「もう、辞めるけん」と掃除のおばさんが主張した際、水場の掃除のしすぎで手が荒れていることも、総務に伝えたようだ。体もボロボロで、意見も合わないのなら、これ以上は雇うわけにはいかない、と総務は判断し、新しい人材を緊急で募集した。
掃除のおばさんは「すぐには新しい人は見つからないだろうし、それまでは来るから」と、たかを括っていたが、予想に反して、すぐに新しい人が面接に来て採用された。掃除のおばさんが辞める、と言ってわずか2週間での出来事で、引き継ぎも数時間で終えてしまった。
あっという間の出来事に、掃除のおばさんも私も、気持ちがついていけなかった。

連絡先を交換して、落ち着いたらプライベートで会う約束をした。また、お酒が大好きで毎日必ず晩酌をするおばさんのために、鶴と亀の柄が入ったおちょこセットを贈った。私やこの会社を、たまには思い出してほしいし、長生きしてほしいからだ。

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掃除のおばさんの最終出勤日、おばさんを一目見ただけで涙があふれた。泣きすぎて鼻水も出てきてマスクが濡れてしまった。おばさんは慌てて、新しいマスクを渡してくれた。その後も私は、泣きながら何度もお礼を伝えた。

新しい掃除のおばさんから、辞めていった掃除のおばさんは、総務には「辞める」と主張したものの、派遣先には辞めたい、とは伝えていなかった、と後から聞いた。
後任が決まった知らせを聞いた際、「まさか本当に辞める流れになるなんて」とショックを受けたに違いない。もっと、総務と前の掃除のおばさんが、冷静に話し合いをしていたら、何かが変わっていたかもしれない。

「時々、辛そうな顔している時があったから心配していたんよ」など、メンタル面でのケアもしてくれた、掃除のおばさん。本当に、存在自体に救われた。毎日顔を合わせて会話することはもう叶わないが、新天地では気持ちよく仕事に取り組み、穏やかに過ごして欲しい。
支えてくれて、綺麗な職場を保つことに貢献してくれて、心から感謝している。