私には隠しごとが多かった。
「……多かった」とあえて過去形で書いたのには理由がある。
今だって、もちろん、隠していることはあるけれど、私の周りの人々全員に隠している秘密はもうないから。

ある人には隠している秘密を、私は別の人には打ち明けていたりする。
親や付き合っていた彼氏には、隠しているというよりどちらかというと知らない方が彼らにとって幸せだと思ったから言わなかったことがある。

全員に隠している秘密がひとつもなくなった今、私には怖いものがなくなった。
「自分のこんな一面が知られてしまったらどう思われるんだろう」という気持ちがなくなった。
「悪女扱いされるようなこと」でさえ、もう私の一部なのだから。
それを必死に隠していたのは過去のことであって、すべてが私なのだ。

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このエッセイ「沼にはまる前に秘密のゲームを突然終了。浮気にも覚悟と準備が必要だ」で書いたように、「遠距離恋愛だったから仕方なかった」と言い訳をして説得することもできるけれど、私は確かに、交際している人とは別の人とデートして、浮気をしたことがある。
遠距離恋愛で3年間付き合って別れてしまった彼には浮気のことを隠していたけれど、別れた後の次の彼氏は、実は、その浮気相手だ。まるでドラマのような展開で「あ~最低な女」と自分でも笑ってしまう。

私は、ある優しい人を利用して浮気相手にして、勝手に突き放して浮気関係を終わらせて、
ある程度時間が経ってから、お互いまだ好意が残っていることを分かった上で「彼氏になってよ」と言った。

さらに告白してしまえば、遠距離恋愛中の彼氏とどう別れようか考えながら、「もうこの関係は終わりだな」と別れをいつ切り出そうか考えながら、私は、彼氏以外の男性に「彼氏になってよ」と言った。つまり二股をかけた。
隠し事だけれど、私の大親友には言ってしまったし、その浮気相手は二股をかけられることを分かった上で、付き合ってくれた。

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人に「浮気したことあるの?二股かけたことあるの?」と聞かれたら、「あるよ」と答えようと思っている。成績優秀で、語学もできる、出身校もそこそこのトップ校の私が、浮気や二股をするなんて、知り合いにとっては考えられないのだろうけど。
どんなに優秀な優等生だって、バリバリ仕事をするキャリアウーマンだって、人間だから、道徳的には良くないとされることだって、してしまうときはある。

だから、「Bad Girlfriend」という韓国ドラマを見ていた時、私の心には共感の嵐が吹き荒れていた。
「好きな人とは必ず付き合いたい」という欲望に忠実なヒロインが、思いがけず社内の同僚2人と二股交際をしてしまう話だ。

このストーリーの結末は、ヒロインがどちらか1人を選ぶわけでもなく、彼女は彼女らしく、最後まで、「好きな人と付き合う」ことを選ぶのだ。
それが1人である場合もあれば、複数人である場合もある。
二股をした経験があっても、無理に純粋に1人だけを愛して生きようとするから苦しくなる。だから、全部を受け入れて、「2人が好きなら2人が好き」でもいいと思わせてくれるドラマだった。ただ私は、もう二股をかけることも浮気もしたくない。つい最近まで、同時交際で二股をかけられて、苦しかったから。

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人に隠したいことも「すべて私なんだ」と思えるようになったのは、「純粋ではない」と思われるようなことはすべて隠し通して、結婚しかけた相手との3年間の遠距離恋愛と、浮気、あいまいなフレンド関係、友達以上恋人未満、経験したすべての関係性を素直に打ち明けられた相手との恋愛のおかげだ。

奔放な態度を見せるようになったのは、大学時代に留学をして、海外で一人暮らしをして自由な生活を味わったからだと言われることもあるけれど、正直、ひねくれた恋愛感情と性的関係は、思春期の高校生からだ。

偏差値は高いし、一般的には「まあまあ優秀」な学校だと思われるけれども、ラブホテル街のど真ん中にあるライブハウスで、高校生バンドがライブをする、そんな高校だった。
もちろん法律は守って、飲酒や喫煙をしている同級生はいなかったけれど、男女関係に関しては大人な同級生ばかりだったと思う。

「付き合ってはいないけどキスした」が割と普通だった高校生活を過ごした私は、高校卒業後、大学生、社会人になってからも、たまに「純粋ではない関係性」を築いてしまったけれど、その過去を隠して誰かを好きになることはもうないと思う。

将来、私を好きになってくれて、愛してくれる人には、私の全部を見てほしい。
受け入れてくれとは言わないから、「何も隠したくない」という私の気持ちを受け止めてほしい。そうやって、すべてをさらけ出せる相手に出会えたことに感謝している。その相手との関係は永遠ではないけれど。