「もっと落ち込んでるかと思った」
私を心配して電話をくれた友人は、ほっとしているような、それでいて少しつまらなそうに、曖昧に笑った。
夏の気配が目前に迫る、GWの最終日。私が2年と3日付き合った人と、別れた日のことだった。
一般的にカップルがするようなデートは、手あたり次第にしたと思う。水族館で手を繋いで、観覧車でキスをして、ショッピングモールをうろついた。私の好物を食べに行って、記念日旅行をして、ディズニーランドではその人の誕生日を祝った。たくさんの場所に一緒に行った。写真も動画もバカみたいに撮った。
けれど何でもないことはあまりできなかった。
例えば欲望のみに身を任せて深夜2時にカラオケに行くだとか、特に理由もなく彼もしくは私の部屋に転がり込んで、Netflixを徘徊するだとか。そういったありふれた名前が付けられない時間を、共有したことはあまりなかった。
◎ ◎
日数にして732日間。うるう年だったから733日間。私たちはれっきとした恋人だったわけだけれど、触れ合える距離で過ごした時間はそこらのカップルよりよっぽど少なかった。
いわゆる遠距離恋愛ってやつだったのである。
その距離、本州の約1/3。国境を越えて恋愛をしている方々からしたら、そんなものは遠距離じゃないと笑われてしまうかもしれない。
しかし、時差もない、しようと思えばなんとか日帰りも叶うその距離が、当時学生だった私たちにはたまらなく遠く感じられた。
大切な人が遠くに住んでいて、良いことなんて大してない。絆が強くなる、いつも新鮮な気持ちでいられる、離れているからこそ大切にできる。一途で愛が深まりそうで、そんな恋愛を人生で一度はしてみたいと憧れる人まで出てきそうな遠距離恋愛だが、それは完全に外面に騙されている。
「離れている距離さえ愛おしい」
そんなことを私はカケラも思ったことがなかった。
恋人と会うのに理由じゃなくてお金がいるし、無駄に時間を食いつぶすような、だらだらとした日常を一緒に過ごすことはできない。そして、何も言わずに抱きしめれば、抱きしめてもらえれば、簡単に解決することが解決しない。これが、好きな人が傍にいないということだった。
遠距離恋愛のメリットなんて、浮気が見つかりにくいことくらいである。
別れた理由は浮気でも、遠距離恋愛が直接関係しているわけでもないけれど。
◎ ◎
「なんで別れたの」
エンジン音とノイズが混じって、少し遠い友人の声が私に届いた。一足先にGWを終えて社会に復帰した友人は、私の連絡を見て、帰宅途中の車から電話をくれたみたいだった。
「……なんか寿命みたいな、老衰みたいな感じ」
自分で言っておきながら嘘っぽい理由だなと思ったが、一番しっくりきたのがこれだったのだから仕方がない。
他に好きな人ができたとか、どうしても許せない嫌いなところがあるだとか、双方ともにそういった理由はなかった。GWの最中も別れ話をしたときも、私はその人のことが嫌いではなかった。きっとその人も、私のことが嫌いではなかった。どちらかと言わなくても好きだった。
「またいつかタイミングが合ったら、結婚したいねって話したんだ」
そう笑って話せるくらいには互いを想い合っていたし、円満な別れ方をした。ロマンチストと言われるかもしれないが、本当にそうなるかもしれないと思えた。それまでにもっと大人になって、こんな素敵な人からもう二度と離れないようにしようとも。お互いの成長期間であると、純粋に信じていた。だから自然と涙は出なかった。
◎ ◎
先日私は、その人のSNSから新しい恋人ができたことを知ってしまった。決して気分のいいことではなかったけれど、もう大きな未練が残っているわけではなかった。結婚の約束を信じ続けているわけでも、私自身もそういう人がいないわけでもなかった。
しかし文面から察するに、恐らく新しい恋人は近くに住んでいる人だった。会うのに理由もお金もいらない人。だらだらと日常を食いつぶせる人。何も言わずに抱きしめ合う解決策が取れる人。
――そして交際1年を匂わせる投稿。
2年と3日、日数にして733日間恋人同士だった私たちよりも、366日目を迎えた2人の方がもうずっと長く時間を共有しているはずだ。もうずっと長く触れ合ってるはずだ。そう思ったら少しだけ泣いてしまった。
今でもその人と年に数回、お互いの誕生日には欠かさず連絡を取っている。これからまた人生のどこかで、タイミングが合うかもしれないし、合わないかもしれない。けれどどちらにせよ、いつかその人とお酒を飲みながら、だらだらと時間を食い潰しながら、全てを笑い話にできたらいいなと思っている。