私は、決して裕福とは言えない家庭で育った。
衣食住には困らなかったが、服はいつも気に入ったものを、毎日洗って着ていた。たくさん欲しいとは思わなかった。それなのに、押し付けのように、お古をたくさんもらって、困っていた。
外食にはほとんど行かなかったので、チェーン店の味の違いなどは分からなかった。どれも濃い味で美味しい。いつも母や祖母が作ってくれたものを、お腹いっぱい食べていた。子供が好きそうなメニューは、毎日は並ばなかったが、おかげで健康的な舌になった。
祖父母が近所にいたので、母が仕事の時には、遊んでもらったりもした。こまを回したり、トランプをしたりした。近くの公園へも、よく連れて行ってもらった。
おもちゃはサンタさんがくれるか、誕生日にひとつだけもらえるくらい。家族の誕生日は、祖父母の家で、皆で祝った。クリスマスや雛祭り、端午の節句にも、祖母の料理が並んだ。年に数回しか行けないマックのハッピーセットのおもちゃは、いつまでも大事にしていた。皆には「懐かしい」とよく言われた。
人によってはこの生活を、「可哀想」と思うかもしれないが、私たちは満足していた。昔は皆の生活を良いものだと思っていたが、意外とそうでもないようだと、気がついた。一日中菓子パンを食べていたら、流石に飽きたし、マックも自由に行けるようになったら、有り難みがなくなった。
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両親と祖父母に育てられた私たちは、質素で充分だと思う人間に育った。途中で道を間違えたこともあったが、やはり質素が性に合っていると戻ってきた。
むしろ皆、華美になりすぎて、苦しんでいるように見える。お金で飾り立てなくたって、あなたは素晴らしいと言ってあげたい。
もがき続けて、出来ることを見つけては、出来る限りの事はしてきたつもりだ。しかし夢を絶たれ、残せるものは残し、次は何をしようと悩んでいた。挫折し、先が見えない中、彼氏が「俺と生きればいい」と言ってくれたので、そうすることにした。
彼は、私なんか比じゃないくらいの、貧困生活を経験していた。明日食べるものがないなんてことは、何度も経験している。周りに助けてもらえなかったら、餓死していたかもしれない。
いろんな人に助けてもらったから、恩返しがしたいのだそうだが、誰もまともに受け取ってくれない。「困っている人がいたら、手を差し伸べるのは当たり前」だからだそうだ。仕方なく、ペイフォワードに切り替えると、皆喜んでくれたらしい。
「困っている人たちが、今より生きやすくなる手伝いをする」
私たちはこれを目標に据えた。
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こんな生活を生き抜いた彼は、とにかく強い。よく働く。学校の勉強こそ苦手だが、知能は高いと私は見ている。
そんな彼を、大手企業がスカウトしてくれた。今までよりたくさんのお金が手に入るようになり、通帳を見た私は驚いた。今までの平均的な給料でも、とんでもない額の貯金をしていた彼だ。その彼だから、これだけ貯金が溜まるのも当たり前だけど、実際に数字を見て、面食らった。
このお金を、困っている人のために使いたいと彼は言った。私は快諾したが、ビル・ゲイツじゃないんだから、湯水のようにお金が湧いてくるわけじゃない。上手に使わないと、すぐ枯渇する。「最低限の出費で、最大限の利益」を目指すようになった。
そのためには、知識が必要だ。
学校の勉強が苦手な彼は、文章読解力がほぼない。仕事に関する資料すら、私が集めて説明することがあった。仕事の内容はよくわからなくても、「これに関する資料が欲しい」と言われれば、いくらか探してくることはできた。中学校卒業程度の学力は、やはりデスクワークには有利に働くのだと痛感した。
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彼の夢、ではない。もはや彼と私の夢を実現するため、私は図書館に通い、関連書籍を片っ端から手に取った。近くの図書館にない場合は、取り寄せることもあった。
本屋に併設されたカフェも利用した。コーヒー一杯で二冊の本を持ち込み、本の内容の、気になる部分を書き写した。短時間で読み込むには、読み飛ばさなければならない部分もある。ここが重要っぽいけど、私の頭では、読み飛ばすことと、覚えることの両方を同時にこなすことは難しい。書き写すことは、短時間で本の内容を理解するために、私には必要な作業だ。
手に取った本の全てを読んだわけではないけれど、かなりの本に目を通した。時間があれば、雑誌などの、一見関係のない情報も、とりあえず目を通して頭に入れる。興味がなければ、読み飛ばす。たくさん読んでいると、なんか雰囲気がいやだと思う文章を見つけることも増えた。そんな勘を頼りに、情報を集めた。
関係なく読んだ本の情報が、意外と生きることもあるから、読書は欠かせない。ネットの情報は広すぎる上、真偽が不確かな場合も多いから、それだけでは使えない。ネットも使うけど、読書などから得た情報がベースだ。どの情報も、なんとなく覚えていれば充分。いざという時には調べ直して、アイデアとして使える形にして、彼に伝えた。
環境保護や社会福祉については、以前から私も興味があった。興味がある内容だったから、面白そうだと思う本を手に取れた。これは亡くなる前に、環境問題を危惧し、私にいろいろと話してくれた祖母の影響もあるだろう。
ある程度の情報を彼に伝えたら、次のアイデアを探す。そうすると、いつのまにか彼が実行していて「上手くいったよ」とかって連絡が入る。そんな感じだ。
実際どうなったかとか、何がよかったとか、細かい情報はしつこく聞かなきゃ入って来ない。多分言う気がない。まぁ私は影の存在だから、そんなことは知る必要もないのかもしれない。こういうところで、ぺらぺら喋られたくもないんだろう。ひっそり活動して、どこかでどーんと出すのが、いいのかもしれない。その頃にはマニュアル化もして、お金がちょっと余った人が、真似できるような形にしておきたい。
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夢を叶える活動についても、私たちは出来る限り低予算で抑えられるよう工夫しているが、自分たちの生活についても、低予算かもしれない。
お互い私が子供の頃より、少し裕福なくらいの生活をしている。活動については、私からは誰にも話していないので、「くじらちゃんはお金がないから、こんな暮らしをしているんだ」と思われているらしい。こういう偏見を受けるのも、今に始まった事ではない。
実は両親も貯金があって、ローンは早めに返したし、私は奨学金を持たずに、大学を卒業できた。弟の分だって、院に行かなければ、払いきれたかもしれない。どこにお金を使うかが、他所と違うだけだった。自分たちと同じお金の使い方をしないだけで、「あの人は貧乏だから、あれを買えないんだ」と思わないで欲しい。
私は、大学に進んだことを、イマイチ生かせていないと思っていたが、案外生かせた。男性ばかりのところで挑み、結局破れた経験も、彼の職場の女性たちのために生かせた。節約も、ついついしすぎて周りと価値観が合わないが、無駄ではなかった。
もちろん友達とは、外食に行くし、お茶もする。皆と同じようなメニューを頼む。そこはケチらないし、周りに合わせることもするけれど、根本的な考え方は違うなと思う。それも良しとして欲しかったけど、なかなか難しかったらしい。
でも、彼とはかなり合う。今までマイナスだと思っていたことが、全部生きた。だから多分私は、このために生まれてきたんだ。ここで彼と踏ん張るために、生まれてきたんだ。
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役目を見つけたから、後はひたすら走ればいい。大丈夫、彼がいる。他をきょろきょろ見回すことはない。横を見れば、そこに彼がいる。皆と違う道を進むけど、間違ってなんかいないって。
その前の夢だって、最初は一人で走っていた。白い目で見られることも多かった。味方はほんの少しだけだった。それがいつの間にか振り返ると、後ろをついてくる人がたくさんいた。
私の作った道は、次につながった。今までもこうやって、道を作ってきたじゃないか。後押ししてくれる人も、たくさんいる。私は全力で、やることやればいいだけだ。二人でこの道を走ろう。獣道がそのうち、皆が通る道になるから。