私は彼と忙しさを共有したかった。
「彼」なんて呼んでいるけれど、決して過去に付き合った人ではない。結局、中途半端な関係のまま、何も起こらなかった大学時代のバイト先の先輩だ。
彼とは、LINEのやりとりを通じて仲良くなった。はじめは業務連絡が多かったが、次第に他愛も無い話をするようになって、一緒に出かけたこともあった。

彼の素敵な所は沢山あったが、1番は「優しい」ところだった。
例えば、遊びの計画を立てる中で、私と意見がぶつかりそうな時に、「それいいね!でも○○の可能性もあるからこっちはどうかな?」と言ってくれる。まず、肯定から入り、反対理由を言う。そこから「~にしない?」ではなくて「~はどうかな?」と私に提案する形で選択を委ねてくれる所が優しくて、いいなと思った。他にも言葉の所々に優しさが見えて、好きになるのに、そう時間はかからなかった。
でも、1ヶ月ほど経つと、彼は忙しくなってあまり連絡がとれなくなった。
就活が本格的に始まったのだ。

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最初の1、2週間は彼を応援しようと、用事がある時以外の連絡をやめた。しかし、学内でもバイト先でも会えず、彼からの連絡も来ず、次第に寂しさが募っていった。だから、彼と私をつなぐ唯一の手段であるLINEにすがって、つい何でもない時に連絡をした。

はじめは返信してくれたが、次第に頻度も内容も素っ気なくなっていった。彼の言葉に前までの優しさが感じられなくて、悲しかった。私の気持ちはどんどん膨れ上がっていくのに、反比例するように彼のLINEはしぼんでいった。

彼の気持ちが自分から離れているのを感じ、「今は私の優先順位が下がっているだけ。就活が終われば上がるはず」と思うようにして、連絡を控えた。その代わり、自分を忙しくした。
彼以外のことで彼と同じくらい忙しくすれば、この苦しくて泣きたくなるような気持ちも抱えずに済むかもしれない。もしかしたら彼の気持ちが分かるかもしれないと思った。彼の抱える「忙しさ」を共有して、この関係に希望を見い出したかった。

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しかし、それはかえって私を苦しめた。彼の中で私の優先順位が下がっていることをも自分に反映させて、私の中でも私の優先順位を下げてしまった。
彼や他の人はもっと頑張っているから、自分も頑張らないといけないと思うようになった。自分よりももっと辛い人、忙しい人は沢山いるから、これくらいで音を上げていてはだめだと思った。そして、ここで泣いてしまったら、今までの努力が無駄になる、気づきたくないことに気づいてしまうと思い、心を麻痺させることで乗り越えようとした。

そうして私はゆっくり心身ともに崩壊していき、ある日、急にベッドから起き上がれなくなった。正確に言うと心では「起き上がりたい」と思っていても、身体が「起き上がりたくない」と言っていた。
朝、布団から出たくなくて二度寝する気持ちとは訳が違った。身体が鉛のように重く、心には「何かしないと」という焦りばかりがたまっていく感覚。夜も眠れず、心と体がバラバラに存在している気がした。それから、しばらく外に出ることができずに1日のほとんどをベッドで過ごした。

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そこで初めて気がついた。私が私を1番大切にしないといけないということに。私は自分の優先順位を下げる過程で、「涙を我慢した分だけ、もっと彼と笑顔で幸せになれる未来が待っている」と考えていた。
しかし、この考えしかり、「就活が終われば私の優先順位が上がるはず」と考えていた過去の私しかり、根拠はどこにもない。結局、忙しくても会いたい人には会おうとするし、時間も作ろうとする。現に就活中も彼のSNSには友人との外食や旅行の投稿があった。常に就活をしているわけではないから、そういう時間があって当然である。
だが、私には時間を割いてくれないことが悲しくて、見て見ぬ振りをした。残念ながら、彼とはタイミングが合わなかったのかもしれない。

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最近は少しずつ自分を大切にできるようになり、自分を大切にしてくれる人とも出会えた。恐らく、人が一生に出会うことのできる人数は無限大でも、一度に大切にできる人数には一定のラインがあると思う。そのライン内の人がライン外の人と入れ替わりながら人と関わっていくと思っている。
だから、私にとっての彼はずっとライン内の人でも、彼にとっての私はライン外の人に変わったのかもしれない。けれど「私を大切にする」ことに気づかせてくれた点では、出会って良かったと思いたい。

もちろん彼のことで悲しんだことは事実だが、「悲しい」の一言で一括りにしてしまうにはあまりにも勿体ないほど、良くも悪くも心を動かされた。
まだまだ人付き合いは苦手だけれど、「今私を大切にしてくれる人」と「私」を大切にしながら模索していきたいと思う。