潮風にさらされて、錆びたトタンの壁。風が吹くとガタガタと音を立てる薄い窓ガラスは、年季を感じさせる。そんな、古くて、暖かくて、大切な場所に、わたしは3年ぶりに足を踏み入れた。

そこは私が小学校1年生から高校3年生まで通い続けていた剣道の道場。とにかくたくさん怒られて、同時にたくさん可愛がってもらったこの場所で、何かに全力で取り組んだあとの爽快感は最高だということ、試合で負けたときよりも相手との努力の差に気づいたときが一番辛いこと……とにかくいろんなことをわたしは学んできた。

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道場に行くのは3年ぶりだから、なんとなく怖かった。久しぶりだから冷たくされるかもしれないし、はたまた空気感が変わってしまってついていけないかもしれないし。
そんなことをおもいながら一礼して道場に入ると、出迎えてくれたのは館長先生だった。
3年前と変わらずに、ゆうりちゃんと呼んでくれた。後から声をかけてくれた館長先生の奥さんも、相変わらず肌がお綺麗で、優しい声で挨拶をしてくれた。

それから、わたしより先についていた中学生たちが私に大きな声で挨拶をしてくる。この場所には、昔と違う人もたくさんいて、それなのに、何も変わっていない。道場の活気も、暖かい空気感も何もかもが同じままだった。大学生になって、県外に出た私にも居場所が残っていた。

中学生の男の子と女の子が、稽古後に私にアドバイスを求めて来た。前髪は汗でびちょびちょで、息もまだ上がっている。それでも真っ直ぐにこちらをみてくる視線を見て、きっと、かつての私も同じ目をしていたんだろうな、と感慨深くなった。私が先輩方にしてもらったことを少しずつ返していきたいな。

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稽古後、3年ぶりに会った7段の先生に挨拶をしに行った。
「久しぶりだね。僕も70超えてもまだ頑張ってるから、こうしてたまに稽古できるのを楽しみにしてるよ」
なんて優しい言葉なんだろう。私はいつでもここに帰ってきていいのだ。慣れない街で、勉強に追われ、医学生だからこそのプレッシャーを受け、知らない間に疲れているけれど、ここでは年齢も肩書きもなにもかも関係なくて、私たちはただの剣道をする者同士なのだ。

それから、中学生たちにアドバイスをする館長先生の後ろ姿をみて、少し背中が丸まっていたことに気づいた。この場所はずっと続くわけではないのかもしれない。そのことがとてつもなく寂しかった。

「交剣知愛」という言葉がある。剣を交えてお互いのことを知るという意味。この言葉を、私の通う道場はとても大切にしていた。

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久しぶりに道場に行って、先生方や門下生たちに会って、私は気づいた。道場そのものが私の居場所なのではなくて、先生方の暖かい教えが、久しぶりにやってきた私のような人間にも居場所を作ってくれてたのだと思う。
きっと私はこれからも剣を交えていろんな人との繋がりを作っていくのだろう。その中で、私は、試合の結果とか、強さとかよりも、剣道が繋いでくれた人と人との縁を大切にしたい。
いつかこの大切な道場が閉まってしまっても、先生方が教えてくれた、暖かい「交剣知愛」の精神をいつまでもずっと繋いでいけるように。