長く長く伸ばしていた髪を切った。
鏡に映った私は、どこか吹っ切れたような顔をしていた。

「俺、ロングヘアの子が好きなんだよね。ショートヘアの子はなんか気がきつそうだし、女だとは思えない」
「ヘアアレンジとかしたら、女らしくなるし垢抜けるんじゃないの?」
大好きだった彼氏に言われた言葉。でも、私は髪を切る。あなたへのわたしの意思表示。もう言いなりにはならない。

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大学3年生のクリスマス。バイトが一緒だった国立大学の彼とお付き合いがスタートした。クリスマスディナーでごった返すピークタイムをなんとか乗り切って、社員が買ってきた申し訳程度のクリスマスケーキを2人でつついて、帰り道になってもなかなか本題を切り出さない彼が可愛くて仕方なかった。頭のいい彼の初めての彼女にふさわしい、告白の返事の言葉まで念入りに考えて、準備をして始まった私たちの交際だった。

彼にとって初めての彼女だった私は、23年分の彼の夢を叶えてあげるべく、毎週デートもしたし、遠出が好きだと言う彼に合わせて2人で片道3時間かけて電車でデートに行ったこともあった。彼も戸惑いながらも楽しんでくれていたように思う。
美味しいご飯を探してくれてありがとう、こんなに楽しいデートを企画してくれてありがとう、こんなにかっこいいあなたと付き合えて本当に幸せ、そんな甘い言葉で自信のない彼になんとか自信を持ってもらいたいと、とにかく私は彼のことを褒めた。
でも、それが裏目に出た。彼は自信を持つとともに、私にも要求することが多くなっていった。

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最初はショッピングであるお店に入った時に、「俺、こういう服好きなんだよねー。着てみたら?」というものだった。普段私が着ない類の服装だった。
「ちょっと刺激強めだから、また考えとくね」と言うと、「だからいつまでも垢抜けないんだろうね」と言われた。え?とは思ったが、気にとめてはいなかった。
別の日に私はデート前日に体調を崩し、明日のデートはまた日を改めさせてほしいことを伝えた。すると、「しんどさは本人にしかわからないから、俺には辛さがわからない。俺ならちょっとくらいの熱でも出かけるけどな」と言われた。

それから私は彼とのデートが近づくたびに体調を崩すようになった。その度に、体調管理もできない自分はみっともないと自分を責めた。
何件も病院を周り検査をしたが異常はなく、もう健康に人生を送ることはできないのだと諦めかけていた頃、コロナウイルスの波がやってきた。感染防止を理由に彼とは会わない日が続き、私の体調は徐々に回復していった。

そして髪を切った。彼が女の子の象徴のように言っていたロングヘアを木っ端微塵に消し去ってやった。
彼は、「顔でかくなったんじゃね?」と言った。
でも、当時の私は彼のことが大好きで彼のことしか見えなかったから、周りに何と言われても彼とは別れなかったと思う。どんなに体調が悪くなっても、どんなに酷いことを言われて、気持ちがざらっとしても、大好きな彼が言ってくれたのだから、喜んで飲み込んだと思う。それはそれで幸せだった。

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別れる時も最低最悪だったけど、今思えるのは別れて大正解だし、それだけで人生大勝利だったということ。
私は彼のせいで心を病んでいたこと、私のことを本当に愛してくれている人は、私が理解できないほどに傷つけまくることはしてこないこと、自分のことよりも私の笑顔を大事にしてくれる人であること、そんなことにあの日の勇気が気づかせてくれた。

生まれてから伸ばし続けた大事な長い髪。染色もパーマもせず、自慢に思っていた髪。肩まで短くなった髪をまとった鏡に映った自分を見て、案外悪くないじゃん、と思えた自分がいた。

今の私の髪は、最近流行りのメンズヘアだ。
彼氏はいないが、仕事もバリバリこなして、趣味も友達関係も充実している。人生で一番楽しいと思える毎日だ。

あの日の自分の選択を誇りに思う。
あの日の彼が見たら顔を顰めただろうと思う。
でも、そんな彼の顔をちょっと見てみたいとも思う。