思い切って手を振る。相手が振り返す。ただそれだけのことで、こんなにも誇りに思えるだなんて思ってもいなかったのだ。

何年か前、好きなアニメの聖地巡礼と(勝手に)題して北東北を、1週間かけて旅をした。
それだけでもう結構勇気のいる行動だったりするのだが、そんなことはお構いなし。
謎にハイになっていた私は、その土地の人や食を思いっきり楽しんでいた。
もともと新しい物好きなので、関東出身の私には見るもの全てが初めてで、毎日毎日年甲斐にもなくはしゃいでいたのを思い出す。

◎          ◎

だが、人見知りが突然ひょい、とやってきた。
某私鉄に乗る際、切符の買い方がわからなくてもたついてしまい、駅員さんと話すうちに、突然人見知りを発症してしまったのだ。
うわあ、どうしよう。急に色々緊張してきた。なんかホームに人いっぱいいるし。

偶然にも、その日はラッピング列車(というのだろうか、イベント列車?)の初日だったようだ。
偉い人やらマスコットやらカメラやらで、小さいホームはぎゅうぎゅうだった。
私はその後続の普通車両に乗る予定だったので、身を縮めながらこっそりと乗車した。
列車が発車した後も、前方車両のイベントは盛り上がっているようで、サービスにと普通車両にも、なぜかなまはげが遊びにきてくれた。

私の降りる駅が来たので、駅のホームに降り立つ。ここでもまた切符をどうするかで駅員さんに注意される。
しょんぼりとしながら、せめて電車を見送ろう、と装飾された車両をぼんやり眺める。

◎          ◎

ふと、イベント車両の車窓のおばあさんと目が合った。
おばあさんは心なしか寂しげで(イベント列車に乗っているというのに!)、悲しそうだった。
人見知りを発動中で、しょんぼりしている私なら、すぐに視線を逸らしただろう。
だが、今日はなんとなくそうしてはいけない気がした。
その上で、何かしなければいけない気がしたので、思い切って、そのおばあさんに向けて、小さく手を振った。

そうすると、そのおばあさんは顔中にぱあ、と笑顔を広げ、手を振り返してくれた。
その途端、おばあさんの前の席のおばさんもこちらに気付き、あらあら、というかのように手を振り返してくれた。
それがどんどんどんどん車内に広がり、最終的にはイベント車両に乗っていたお客さん全員が、私に向けて手を振ってくれたのだ。

一眼レフで2、3枚写真を撮って、画像を確認して、顔を上げた。
そして遠くへ行ってしまった車両を見つめながら、私はなぜか涙ぐんでいた。
感動した、というより「勇気を出して、おばあさんに手を振ってよかった」と心から誇りに思えたのだ。

◎          ◎

あのイベント列車を見送った光景は、今でも鮮明に思い出せる。
おばあさんは、あの後楽しい旅行になっただろうか。
向かいにいたおばさんも、みんなみんな楽しめていたらいいな。
私は、おばあさん、名も知らぬあなたのことが、簡単には忘れられなくなってしまいました。

忘れられない、勇気を出してよかった思い出だ。