「セサミ、いけ」
白のポメラニアンが絨毯の上を疾走し、青のブロックをくわえて戻ってきた。
「セサミ、いいこー」
「本当だねえ」
姪っ子のユリちゃんはポメラニアンをなでて、反対方向に赤のブロックを投げる。ブロックはクリスマスツリーに当たり、軽い音を立てて転がった。

◎          ◎

12月の週末、わたしは兄の新居に遊びに来ていた。兄と義姉と3歳のユリちゃんと、犬のセサミが暮らしている。お義姉さんは留守であった。久しぶりの同窓会があるのだそうだ。

「ツリーきれいだね。ユリちゃんが飾ったの?」
「ユリちゃんとパパ!ユリちゃんね、おままごとのやつほしいの。サンタさんにたのんだんだ」
「サンタさんが来るのは、お片付けするいい子のところだけだよ。ユリちゃんは大丈夫かなあ」
兄がいたずらっぽく言った。ユリちゃんは散らばったおもちゃをいそいそと拾い集めてバケツに入れ始める。真剣なまなざしが何とも可愛らしい。

「なあ、クッキーの型抜き器取ってきてくれよ。お母さんの部屋の紙袋」
「『お義姉さんの』部屋ね、はーい」
子どもが混乱するのを防ぐために、妻のことをお母さん、夫のことをお父さんと呼びならわすことは知っていた。だが、兄がそれを使っているのを聞くと少し笑ってしまう。

◎          ◎

お義姉さんの部屋の扉をそっと開けた。入ってすぐ右手には、目的の紙袋。同時にあるものが視界に入った。
太ももの高さくらいの大きな立方体。緑の紙で包まれ、赤いリボンがかかっている。
ユリちゃんはおままごとセットをサンタさんに頼んだと言っていた。今日は12月20日だから、きっとそういうことだ。
念入りにスケジュールを組みプレゼントを選ぶ兄の様子を想像した。昔は宿題も旅行の準備もギリギリにしかせず、わたしに急かされていた兄だったが、立場が変われば行動も変わるものだ。あるいは、しっかりしているお義姉さんのおかげか。

廊下に出て扉を閉めかけるとユリちゃんが歩いてきて、わたしの真横にぴたりとついた。
「ママのへや」
「ちょっと借り物してたのよ。あっちでサイコロ遊びしようね」
なるべく隙間が見えないよう体で隠し、扉を閉めた。ユリちゃんと手をつないで居間へ誘導する。
「ママのへやがいい!」
瞬間、ユリちゃんは手を振り払い、お義姉さんの部屋へ突進した。わたしはフローリングで滑って転び、膝をしたたかに打った。
「開けちゃダメ!」
開いたらプレゼントが見えてしまう。あんなに大きな立方体はキッチンセットでしかありえない。もし店のタグやレシートが落ちていたら。サンタに頼んだおもちゃが母の部屋にあったら、3歳のユリちゃんはどう感じるか。

◎          ◎

わたしの父が、昔のわたしに隠していたこと。兄夫婦がユリちゃんに隠していること。世界中の大人たちが子どもに隠していること。大人には「隠しごと」の伝統を守る義務がある。なのに、膝が痛くて立ちあがれない。
異変を察知したセサミが吠えながら、廊下に走りこんできた。同時にユリちゃんは持っていた人形の頭をドアノブに引っ掛け、軽く押して開けた。

終わった……。
ユリちゃんの眼前には大きなプレゼント包み。広く開いた隙間からセサミが滑り込み、勢いよく緑の包装紙を噛み裂いた。
金のシールがちぎれ、ラッピングのビニールがもみくちゃになった。赤いリボンは四方八方に垂れ下がり、まるで血を流す手負いの獣であった。ユリちゃんは興味津々でその様子を見つめている。

プレゼント包みの中身があらわになる。白くて四角い箱。セサミが噛んで左右に振り回すと、白い粉のようなものが細かく舞い飛んだ。粉?
わたしの口はぽかんと開いた。
包装紙の中から現れたのは、大きな発泡スチロールの塊だった。

◎          ◎

「ゆきだ、ゆきだー!」
発泡スチロールはセサミの牙でけずられ、瞬く間に無数の粉となって床に落ちていく。ケタケタ笑うユリちゃんの周囲だけに雪が降り、生活感のある部屋の一角はスノードームのように切り取られる。

「こらユリ、お母さんの部屋には入るなって言ったろ。ああ、開けちゃったか」
兄の声がして我に返った。
「兄ちゃん、何あの巨大なスチロール」
「見ての通りだよ。削ってジオラマ作る用だったんだけど……あんなにでこぼこになってはダメだな」
思わずため息が出た。安堵でどっと力が抜け、膝の痛みも気にならない。
「ややこしい包装紙使わないでよ」
「クリスマスだから店員が浮かれてたんだろ、別に頼んだわけじゃないよ」
「兄ちゃんも店員も、センスどうなってんの」
言い争いながら、わたしは噴き出してしまった。セサミとユリちゃんも発泡スチロールまみれで笑い転げており、完全に犬は喜び庭駆け回るの図である。猫とこたつがあればお手本のような冬の日だ。
兄も爆笑し、散らかり切った部屋の写真を撮っていた。お義姉さんに送るらしいが、どんな反応が返ってくるのだろうか。

ユリちゃんを着替えさせ、クッキーを作るぞと言って居間へ戻してから、兄は耳打ちした。
「本当のお宝は車のトランクだ。名案だろ」
ユリちゃんはまだ3歳。大人たちの幸せな隠しごとは、あと数年間は続くだろうとわたしは思った。