中学校受験に失敗した。
第一志望の中学校の試験に、落ちてしまった。
自宅からも近く、附属のD大学は他県にも名前が知られている、名門の私立中学校だった。
受験を薦めてくれたのは親だったけれど、小学校でいじめを経験していた私は、心機一転、新しい環境で中学校生活を迎えたいと思った。
その点、D中学校は自由な校風が有名で、コミュニケーションが苦手な自分でも伸び伸びと過ごせそうに思えた。
オープンキャンパスで見た学校の雰囲気と、パンフレットに載っていたカリキュラムや部活動の紹介に憧れを募らせて、塾に通って受験勉強に励んだ。

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それなのに。
合否発表の日、郵便配達の人から受け取った封筒は薄くペラペラで、足切りの点数にあと一点足りなかった私の成績と、「不合格」の三文字が書かれた紙が入っているだけだった。

人生で初めての、明確な挫折。
ひとしきり泣き、泣き止んだ後は赤い目を擦りながら滑り止めの学校への試験勉強を始めた。
幸運なことに、二校受けた滑り止めの学校は、二校とも合格。
自宅から通うには少し遠いけれど、決してレベルは低くない私立の女子校に入学することが決まった。

両親は、受験に失敗した私を気遣ってか、第一志望だったD中学校の良くない評判ばかりを口にした。「エスカレーター式に大学まで上がると学力が下がるらしい」「内部進学の生徒はマナーが悪いらしい」……。
「進学コースもある女子校に入って、国公立の大学受験を目指したほうが将来のためになる」と、新しい人生プランも提示してくれた。

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私もすっかりその気になり、入学する女子校への期待に胸を膨らませながら、母親と一緒に制服の採寸をしに行った。
受験日ぶりの女子校に入って採寸を受け、ついでに付近を散策して、「入学したらここに毎日通うのかぁ」などと考えながら帰宅すると、一件、留守番電話が入っていた。
D中学校からの電話だった。
混乱しながら電話を掛け直すと、「繰り上げ合格になりました。入学を希望されますか?」という内容。
両親は決まり悪そうな顔で、「あなたが入学したいほうに決めなさい」と言った。
一瞬でパニックになった。

当時、12歳。親の言うことは絶対だと思っていたし、親の指示を無視して自分で何かを決断したこともなかった。
数週間のうちに両親から聞いていたD中学校の悪口と、採寸したばかりの女子校の制服のデザインが、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
どの学校に入学したいのかなんて、自分でももうわからなくなっていた。

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悩みに悩んだ挙句、祖父に電話を掛けた。
優しくて大好きだった祖父に、事の経緯を説明した。祖父はうんうんと聞いてから、ただ一言、「あんたの好きにしたらいいよ」と言ってくれた。
その瞬間、心が決まった。
言葉自体は両親に言われた内容とほとんど同じだったけれど、自分の中で混乱の嵐が鎮まったのを感じた。

D中学校に行こう。
一年以上、憧れて目指し続けていた場所に行って、自由な空気感の中で中学校生活を送りたい。
両親は、女子校の入学辞退と、D中学校への入学を許してくれた。
まちがいなく、人生で最初に自分の力でものごとを決断した瞬間だった。
今でも、時折思い返す。
あの時D中学校への進学を決めていなかったら、今までに出会った人たちとも、今の仕事とも関係性を作れなかった。

繰り上げ合格の件は、笑い話として私の鉄板のトークネタになっている。
出会った人たちにそのトークを披露しながら、あの時勇気を出した自分と、そっと背中を押してくれた祖父に、感謝の思いを抱かずにはいられない。