仕事・プライベートなど何かで悩んでいる人を見ると、気にせずにはいられなくなる。だからと言って自分の人生に120パーセント満足しているわけではないが、誰かの目標に向かって一緒に併走するのがすごく好きだ。

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実はかがみよかがみでもエッセイを書いている吉川リサちゃんは大学時代からの友人で、彼女も一緒に併走している1人。

私にそんなきっかけをくれたのが、HITOMIさんという女性。18歳の時に短大で出会った、15歳近く上のアグレッシブな大人の友達だ。
短大時代も若い生徒に混ざりつつ、いつも上品な恰好で授業も完璧にこなしていた。

18歳の春。地元の高校を卒業し、上京することになった私。高校はスポーツで入り、一応進学校といわれる学校に入ったものの、勉強に対して熱があるわけでもなく、ただただ時間を過ごすうちに、行きたい大学に行けそうにもなかったため、とりあえず東京に行ければ良いという理由で、親を押し切り、編入というゴールがありそうな短大という選択をした。

その短大で出会ったのがHITOMIさん。頭が切れるわけでもなく、ただただおしゃべりで人懐こい私に対し、彼女は大学に行くことを熱量を持って進めた。しかも編入という形ではなく、再度受けなおしという形で。特に休学もせずいつも通り授業を受ける私にとって衝撃的な選択であった。
そして、受からないかもという私に対して、いつも「受かってからそれは決めろ」とだけ毎回言い放った。彼女は音大からMARCHに行った異例の経歴な人物で、短大に入ったきっかけは旦那さんの身体の関係で本格的に栄養学を学びたくなったかららしい。

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正直その時の自分はその生活に満足がいっているわけでもなく、自分の将来も見えず、なんとなく行った短大で管理栄養士になりたいわけでもないが、在籍している状態だった。
本当は女性誌にかかわる仕事がしたいと思い、女性誌とマスコミ学を学べる大学に行きたかった。そしてそのジャンルが学べそうな大学を見つけ受験することを決めた。

受験まで3か月しかない中、隙間時間をすべてこの時間に費やした。もちろん誰にも言わず。
ただ「行ける」といったHITOMIさんの言葉だけを信じていた。

3か月後、自宅に封筒が届き、ドキドキしながらHITOMIさんと封筒を開けた。「合格」の文字が見えた瞬間、腰が抜けたのを今も覚えている。この時間は今でも自分の人生が思いっきり変わるという自信がついた瞬間だった。
HITOMIさんが横で私以上に大喜びしている姿があまりにも印象的だった。

そして今、私はPRという仕事をして、大好きな女性誌にかかわる仕事をしている。クライアントの目標に向かって、メディアに露出させる仕事はとても楽しい。今では当たり前のようにこの仕事を続けているが、ふと振り返るとあのアクションが今の私を作っていると思っている。

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そんなHITOMIさんはあの後、身体の関係で、短大を中途で退学し、現在は中学受験のスーパー家庭教師をしている。最近では、ご近所さんのお子さんに大学受験や就職活動などのサポートなどもし、その実績がご近所マダムたちの中でも噂になり、新しいお子さんをサポートしていると聞いている。

あっという間に社会人も3年過ぎ、夏休みを使って、数年ぶりに彼女の自宅に遊びに行った。猛暑の中、駅までサングラスで登場し、私を迎え入れてくれた。
お茶をしながら、最近の仕事の話や、この先の仕事について悩みを打ち明けたところ、また、「受かってからそれは決めろ」とだけ返され、相変わらずの返答に思わず笑顔が込み上げた。

私もこれから先、私も人の人生に寄与できるかっこいい女になりたい。