私は今年の春に会社を休職することになった。
原因は会社の人間関係。上司と折り合いが悪く、毎日のように叱責され、怒鳴られることも少なくなかった。
1年頑張ったが、日に日に心を病んでいった私は適応障害と診断されて休職を指示された。
心身共に消耗して、すっかり自信を無くしてしまった私を救ってくれたのは実家の母と過ごす時間だった。
母は私の休職を知ると、元気のない私を励ますため私の住むアパートを訪ね、食事に連れ出して話を聞いてくれた。
暗い表情で弱音を吐く私に対し、母は「今は会社のことは考えないで良い。しばらくゆっくりするといいよ」と言って帰っていった。
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その後、自宅でたくさん眠り、休息をとることができた私の体調は段々と回復し、外に出かけることができるようになった。
お互い鳥好きな母と私。母に誘われて「花鳥園」を訪れ、二人で鳥達との触れ合いにはしゃいだり、母の田舎で伯父夫婦も一緒に子供の頃以来の山菜取りをした。
母と出掛けるのは結婚して家を出て以来のことだった。
私の実家は電車で40分程度と決して遠くはないのだが、土日を含め普段行き来をすることはなかった。休日も家事や買い物、旦那との食事の約束などなんだかんだやることがあったし、日々の仕事で疲れていて、わざわざ実家に足を運ぶ気にはなれなかったからである。お盆やお正月などの長期連休には帰っており、母が食事を作って迎えてくれたが、2泊3日はあっという間の時間だった。
私と弟が独立してから父と離婚した母。友人との約束や趣味の講座などでそれなりに忙しくしており、独りぼっちで過ごしている訳ではないことに安心していたが、どこか寂しさを紛らわそうとしているようにも思え、頻繁に実家に帰っているという友人の話を聞いては、あまり実家に顔を出していない自分に罪悪感を感じていた。
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休職をきっかけに母と会う機会が増えたある日、母から相談があった。
「子犬を飼いたいと思っている。子犬が環境に慣れるまで、私の仕事の間のお世話を頼めないか」
休職中の私には時間があり、幸い母のおかげで体調も改善していた。子犬のお世話は自身のリハビリにもなると思ったし、なにより犬を飼うことは子供の頃から聞かされてきた母の夢。協力することで母の夢が叶うのなら断る理由はなかった。
子犬の世話のために私は頻繁に実家を訪れるようになった。
始めのうちは1週間に3、4日、少し慣れてきても1か月に2、3回は子犬の様子を見に行っていた。
母は私が子犬の世話を手伝うことをとても感謝してくれ、「本当に助かる。ありがとう」と言いながら私の好きなご飯を用意していてくれたり、家庭菜園の野菜やお菓子などお土産も沢山持たせてくれた。留守中のお世話とはいえ、朝や夕方などに母と顔を合わせて会話する時間も十分にあった。
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休職することになり、上司との関係を改善して頑張ることができずに逃げてしまった自分をずっと責めていたが、母とこんなに濃密な時間が過ごせるようになったのは休職したおかげだった。
結婚で実家を出る前の一時期、母と私の関係は大変悪かった。私に持病があるとはいえ、子供の頃と同じように過保護に扱う母を、当時の私はうっとうしく思う気持ちでいっぱいだった。母よりも友達や彼氏、会社の人と過ごす時間が大事で、母のことを蔑ろにしていた。お互い感情的になり、喧嘩も絶えなかった。
そのうち結婚が決まり、母との関係も段々落ち着いていった。結婚式では祝福してもらえたし、家を出てからは一定の距離感を持つことができていたため、少なくとも表面上は仲の良い関係を保っていたが。心のどこかでずっと気になっていた。
持病のある私を大事に育ててくれた母に対して冷たかった私。そんな親不孝な娘だったのに、母はすっかり自信を失い弱ってしまった私に手を差し伸べてくれた。
おかげで今、私は復職に向けて前向きにリハビリに取り組むことができるようになった。母にあの頃の謝罪と感謝の気持ちを綴った手紙を渡したら、母はとても喜んでくれた。母の言ってくれた「あんたが私の娘でよかったと思っている」という言葉は忘れない。
復職して仕事や家事に忙しくなった時も母との時間を大切にしよう。私は誓っている。