私には、彼氏がいない。
これが今の私の最大の隠し事だ。

先日、29歳になった。
8月に入り、友人や会社の同期の結婚を3件聞いた。
いわゆる結婚ラッシュ、それも第二次。
慣れたもんで結婚の報告を聞いて、「そっかぁおめでとう、羨ましいな」なんて慣れた手口で言った。
「まぁ、今は多様性の時代だから、ね」と中途半端な気遣いをされ、情けなくもなった。
そうか、私はもうその羨ましさが嫌味に聞こえる年齢なのだ。

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友達におそるおそる「最近どうなの」なんて聞かれて、「あぁまぁ、彼氏とはうまくやっているよ」と返すと、「なんだ彼氏いたんだ、安心した」と言われる。
いつどのように心配かけたのかは聞きたいが、その返答が最も多様性を受け入れてないだろと思いつつ、「ありがとう」なんて意味のない感謝をしたりする。

だってこれは嘘なのだから。
いい年して、「彼氏がいる」なんて嘘、みっともない。
わかっている。

「彼氏」はいない。
でも、「彼氏のように毎日を過ごす相手」はいる。
つまり、その先に「いわゆる将来」というものはない。
「いわゆる将来」というのは、友達の彼ら・彼女らが得た「結婚」という「将来」だ。
その「恋人のように毎日を過ごす相手」は近い将来、東京から遠く離れた彼の地元に帰る。
だから、私とは付き合えない。
らしい。

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このことを周りに話したことはない。
「セフレじゃないか」とか、「無責任な男だ」だとか、きっと色々言われるだろうからだ。
そして、そんなことは私が1番思っている。
でも、「『将来』のある退屈な人」と過ごすくらいなら、「その人」と過ごす方が私は好きなのだ。
29にもなって、というのも痛いくらいわかっている。
周りが結婚していき、このまま1人だったら、1人で家でも買うのか。子供も産めないのか。ずっと1人ってどんな感じだろうか。毎日頭が痛いくらい考える。
それでもやめられないのだから、もうしょうがないと思った。

私はその人と過ごす時間が1番好きで、1番笑ってて、理屈じゃなく、将来とかじゃなく、紛れもなく私が生きる今そのものが彼なのだ。小器用にここから先の人生を歩めない。でもこんな自分が嫌いでもなかった。
だから私はこの恋を嘘で装飾して真実を隠すことにした。いわゆる一般的な社会に馴染むために。そしたら、誰にも邪魔されず、その人の話もできる。
誰にも邪魔されず、その人と過ごせる。
みんなの前では彼氏として話す。どうせ共通の知り合いもいないし。
「彼氏のお家で、料理をした」
「この前、彼氏とグランピングにいった」
「彼氏が、素敵なレストランで誕生日をお祝いしてくれた」
「私の彼氏はいつも奢ってくれる」
全部、エピソードは本当の話だ。
でも彼氏というステータスだけが嘘なのだ。
一緒にいる時のその人はたまらなく優しくて、楽しくて、愛してくれている錯覚をもたらすのがムカつくくらいうまい。

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今まで、たくさん男性には出会った。
正直今も言い寄られない訳でもない。
「恋人がいる」なんて余計な嘘をつかなければ「本物の恋人」ができたかもしれない。でも今は、嘘をついてでもその人といたいのだ。

核心をついた会話をしたことももちろんある。
どうして、彼女にしてくれないの、と。
答えはもう思い出したくもない。好きだけど、人生を壊したくない、と。

優しいその人のどうしようもない嘘だ。
聞いた瞬間、よくわかった。
だからこの人が東京にいる間の時間をどこまでも食ってやろうと思った。
どこまでいっても私を思い出させてやろうと思った。

この恋が終わる時の自分がどうなるかは一旦考えないようにしている。
今は隠し事をしてでも、その人と居たい。
本当のことも気持ちも知りたくない。
私は人生で最後の恋をしている。

その先の未来も、いわゆる将来も、打算的にできなかった後悔も、今は少しだけ忘れてこの辛い時代に自分らしさを忘れさせてくれた人だと思うことにしてる。
その後の人生は怖くて見ることが、できない。