あの恋から学んだのは、「私を塗り替えようとしてくる人は本当に私を愛していない」ということだ。

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「それってあんまり女の子らしくないよね」
社会人一年目の頃、知人から「あの人、みかんのこと気になっているらしいよ」と耳打ちされて、ある人と引き合わされた。私よりも少し年上の人であった。
イニシャルでその人のことを表そうと思ったけれど、本気……の本気、マジでガチで、なんという名前だったかすら覚えていない程、頭の奧に押し込めて、しめやかに無に帰した記憶。もし時を戻せるならば、関わることなくフェードアウトしたい人物……。

彼はとても穏やかで優しく良い人であった。
恋愛ごとに心ときめかす時間も、余裕もなく生きてきた私は、そろそろときめきに胸を弾ませて生きてもいいのではないかと、「恋とはどんなものかしら?」「愛とはどれほど心躍るのかしら?」と、まるでハートの女王みたいな気分で、ふふんと逢瀬を交わした。
付き合うというのがどうやってはじまるのか分からない。少女漫画では大体告白というイベントを挟むのだが、「好き」とは言われぬままなんとなく空気で「これは友達ではないよな」という距離感になっていた矢先、彼はやんわりと冒頭の言葉を口にした。

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「女の子らしくない」
確かに私は化粧を好まず、服装もメンズが多い。趣味だってプロレス観戦に少年漫画と、ゆるふわカールでセシルマクビーをまとってお料理とお菓子づくりが好きな、男受けのいい女ではない。

そもそも男受けってなんだい。別に男にウケる為だけに女は生きているわけではないし、「女らしさ」という型になどハメられたくない。
それは男に対しても同じである。彼に私は男だからと男らしさなるものを求めてはいなかった。女性にしては背が高い私よりも彼は少し身長が低く、細身であったが、それをマイナスに感じなかったし、むしろ好きなところのひとつであるから指摘しようなんて気もなかった。
男受け、女受け、そんなものは気に留めていなかった。

けれど彼にとってプロレスラーのTシャツにジーンズ、すっぴん姿の私は目に余ったらしい。指の先から頭のてっぺんまですべてを、「私らしい私」から「女らしい私」に変えようとしてきた。
「スカートを履いた方がいいって、みかんは足きれいだし」
「化粧したほうがいいって、絶対かわいくなるから」
「髪は染めて少し巻いた方がいいって、みかんは元がいいんだから今のままじゃ勿体ないよ」
「プロレスとかは見ないでよ。普通女の子はそんなの見ないでしょ、みかんは優しいんだしさあプロレスなんて野蛮なもの見ないよね」
なるべく従おうと思ったのは、彼の言葉に私を肯定してくれる言葉が含まれていたから。
彼に言われるがまま化粧をした、髪型を変えた、スカートを履いた、大好きなプロレス観戦を封印した。彼にもっと好かれる女になった。

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けれど、ひびが入るみたいに限界を感じるようになった。
彼は今の私を見てご満悦だけれど、これって本当に私なのだろうか?そう思うと鏡に映る私は私ではなかった。彼仕様に塗り替えられた私は、サイズの合わない服を無理やり着せられているような窮屈さで、上手く笑えていなかった。
パンプスをスニーカーに変え、化粧をどんどん薄くして……少しずつ少しずつ彼に作り替えられた私は手探りで、本当の私を手繰り寄せたけれど、
「ごめん、別れて」
革ジャンを着て行ったデートでいつから付き合ったのか、そもそも「好き」と言われたこともなかったけれど、とにかくこれを終わりにできると思った時には心底安心した。家に帰ってシャンメリーで祝杯をあげた。
それから学んだのだ。「私を塗り替えようとしてくる人は本当に私を愛していない」ということに。

彼と別れてからも、「磨いたら綺麗になる」とか「女の子らしくしたら付き合いたい」とか言ってくる人はいた。けれど今の私は最高に磨かれた状態だし、これが私らしいのだ。お前の審美眼に合わせてやる義理は毛頭ないのである。出直してきな……そう心の中で啖呵を切る。
「好き」や自己肯定感を上げる言葉はぶっちゃけ麻酔みたいなもんである。
自分らしさとか、自分はどうしたいか?そういう判断をぶれさせて、自分という肉体の操縦権を奪われてしまうけれど、いつだって自分を操縦するハンドルは自分以外に握らせてはならないのだ。「鉄人28号」だってリモコンを誰が握るかでいいロボットにも悪いロボットにも変わってしまう……けれど、さすがにこれはネタが古すぎるか。

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今、私には好きな人がいる。その人は私よりも年齢が上で人生経験も豊富で、きっとその目に映った女性は私が想像しているよりも多く、そして私よりも可愛らしかったり、綺麗だったり、胸が大きかったりするのだと思う。そう考えるとまた自分の操縦権をなくしてしまいそうになるけれど、私は私のままその人に好かれたいと思う。

この世界にはまだ女性らしさ、男性らしさが恋だの愛だのに直結しているふしがあるけれど、でも私のままその人に愛してもらえたならば、私は何かに打ち勝てたような気がする。
相変わらず化粧っ気はないけれど、でも自分の意志で着たいと思った水色のワンピースをはためかせ、履き古したスニーカーの足元で好きな人のもとへと走る。耳には小さなイヤリングを揺らしながら、私らしい私のままで新しい恋を温める。
いつか羽化する日を夢見て。