ある日、子どもの頃に好きだった人の夢を見た。
ああ、懐かしいな、と思って、ふとスマホでその人の名前を検索したら、とある学会の研究発表のサイトに彼の名前があった。住んでいるエリア的にも、年齢的にもその人だろうな、と思った。
ああ、ちゃんと夢を叶えたんだね。
見た目が特別カッコいいわけではなかった。むしろ少しぽっちゃりしていて、背も前から2番目とかそれくらいだったと思う。
小学生くらいって「頭が良い」とか「足が速い」とかそんな子がモテると思うんだけど、そんなわけでもなく、むしろ運動神経はちょっと……微妙だったような。
地味なタイプで目立つようなことはしないけど、女の子にちょっかい出したりもしない。いつも穏やかで、困っている人にそっと手を差し伸べられる「優しい」奴。
私よりも「子ども」で「鈍臭い」彼は、いつの間にか
ある日、その子が同じ習い事を始めた。お母さんに連れられてきて、そのお母さんが帰ってしまうと不安なのかメソメソと泣いていた。「そんなことで泣くな」と師範に怒られていた。わたしは「子どもだなあ」と思った。同い年だけど。
そんな彼だったけど、2年後には、実力でわたしを追い抜いていた。技のキレも、構えの綺麗さも、正確さも。学校でどちらかといえば「鈍臭い」部類のはずの彼が、いつの間にか、わたしよりもキレキレで動けるようになっている。
いつもそうだった。真っ直ぐで素直なのだ。師範の言うことをよく聞いて「コツコツと努力する」を常に実行している人。わたしより後から始めるのに、いつの間にかわたしの前を歩いている人。それでいて、どんなにできるようになっても偉ぶらなかった。
一方わたしは、センスと愛嬌だけで生きているタイプだった。ずっとヘラヘラしていた。ある程度はなんとなくできるようになるけど、練習をしているわけではないから、あるところで成長が止まる。そこで、「もうわたしはここまでだ」って投げ出す。いつもそう。
自分に向き合っていた彼のようになりたかった
そんな彼とは高校で離れたけど、予備校で再会した。
わたしは彼より3ランクくらい上の進学校に行ったのにもかかわらず、入学してすぐにオシャレとか恋愛にうつつを抜かして勉強をしなくなっていた。
一方の彼は、ちゃんと勉強してきたんだろうね、わたしが解けない問題もすらっと解いて先生によく褒められていた。ああ勉強でも負けた。
彼は将来の夢が決まっていて、専門分野が学べる地元の大学を志望していた。わたしは早くこんな田舎を出たくて、東京の大学に行きたいと思っていた。その努力量じゃ到底辿り着かないと薄々分かっていたけど、偏差値が高い大学に。夢も何もないけど、努力もできないけど、「こんなんじゃだめ」とはずっと思っていて、環境を変えたかった。
予備校の休み時間に「こんなとこ、早く出て行きたいよね」と友達と愚痴るわたしの横で、彼はただ黙々と問題集を開いていた。ちゃんと自分に向き合っていた。
できないことに向き合うことがずっと怖かったわたしは、そんな彼がずっと羨ましくて、自分のことが嫌いだった。
そういう人に、本当はずっとなりたかった。誰に対しても優しくて穏やかで、努力ができて、着実に歩いている人。クラスのモテる人ポジションにはいないけど、彼女もいないけど、でも周囲の人間が安心感を持てるタイプ。
プライドだけが高くて、結局何もできないわたしみたいな人じゃなくて。
もう会うことはないけど、彼はきっとあの頃のままだろう
結局わたしはその人に好意を伝えず、なんとなく何年も同じ空間にはいた。大学進学とともに、わたしは地元を離れ(もちろん第一志望ではなく)、それから一度も会っていない。
そしてその何年もあと、わたしは、穏やかでも優しくもなく着実に生きるタイプでもないけど、要領が良くて一緒にいて楽しい人と結婚した。そしてプライドをへし折られたり、自分のことを諦めたりしながら、ほんとうに少しだけど地に足をつけている気がする。
彼のことはずっと忘れていたけれど、スマホで名前を見つけて、「ああ、あの頃のままなんだろうなあ」とホッとした。
きっともう2度と会わないけど、向こうはわたしのことなんか少しも覚えていないだろうけど。
わたしの知らない場所で、どうかずっとそのままで、周りの人に慕われて、どうかお幸せに。わたしは心のどこかに彼の姿を残したまま、自分を好きになるための努力を続けていくんだと思う。