「ママーあれ欲しい!」「あれ買って!」。そんな言葉を発した記憶は、覚えている限りはない。
記憶にないような小さい頃は、そういうことを言ったかも知れないが、断られるのがわかっているからか、記憶に残っている限りでは言わなかったように思う。

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育った家庭は、あまり裕福ではなかった。食べるものも困るほど貧乏っていうわけではなかったが、三人も兄弟がいて真ん中だった私。お金がないながらも一人目ということである程度買い与えられている姉と、末っ子でかわいがられている弟を見て自分が我慢するものだと思ってきた。
私までが欲しいものを言い出したら、お金が大変になるのがわかっていたから。幸い私は弟と違い、洋服もおもちゃも姉のお下がりで何とかなったことも大きいだろう。

そんな環境だったので、いつしか誰かに頼るのではなく自分で何とかしなければと考えるようになっていた。それが学校生活ではプラスに働いた。
何でも自分でやる癖がついていたので、器用になったのか何をやってもある程度普通の人以上にできた。勉強もトップクラスだったし、運動も大抵のものはでき、いわゆる優等生的な感じで問題のない学生生活だった。

しかし、高校二年で進路の話になった時に初めて困った。これがやりたいという強い思いはなかったが、東京に行って大学に行ってみたかった。ステレオタイプかもしれないが、一人暮らしで自由な大学生活というものへのあこがれもあったが、本心は息苦しさを感じる家から出たかった。
東京での一人暮らし。当たり前だがお金がかかる。学費だって国公立でも、公立高校とは比べ物にならない。穏やかだと思っていた学生生活で、初めて現実の壁に突き当たった。

二つ上の姉は、県内だが私立の大学に通うようになっていた。弟もさすがに大学に行かない選択肢はないだろう。しかし、残念ながら弟の学力では国公立は厳しい状況で、県外の私立大学が有力だ。
私が国立大に行ったとしても、私立の学費二人分に国立の学費、さらに二人分の一人暮らし代。どう考えても無理だ……どうしよう……。

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案の定、進路についての三者面談の前、親から言われた。
「弟は国立に行くのは厳しいと思うから、大学に行くならお前は県内の国立に行ってくれないか?」
分かってはいたけど、理解はできるけど、涙が出た。
「自分で言うのもなんだけど、わがまま言ったりおねだりしたこともほとんどないし、いい子だったと思うよ?いろんなこと我慢してきたけど、大学まで弟のために我慢しないといけないの?」
強い口調で言葉が出そうになったが、口から音は出ず、ただただ涙が流れた。
何も答えられず部屋に戻って、泣き続けた。
「なんで、なんで、なんで私だけ……」

一晩中泣き続けてすっきりしたのか、翌朝には新しい考えに変わっていた。もともと青天霹靂の話でもなく、予想していたことだったので「やはり」という悲しい思いはあったが、立ち直りは早かった。
「親が出せないなら自分で稼いで大学に行こう!」。国立なら年間50万円程度、月の生活費は15万円ほどあればなんとかなるんじゃないか?
あ~入学金もあるから、それも貯めないといけない。でも自分で出すなら、何も言われないで大手を振って大学に行ける。何より今までだって、自分でなんでもやってきたんだからそれが私らしい。

しかし、地方の高校生が時給900円程度で働いても、稼げる額なんて知れてる。一日に働ける時間だって、せいぜい4時間程度で一日3000円ちょっとだろう。毎日働いてようやく月9万円。今から毎日働けば何とかなるかもしれないが、受験のためには勉強もしないといけない。
なにより今時、学校がバイト禁止している……。校則は少ない学校だったが、明確にバイトだけは禁止されていた。

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さあ困った……。
東京のように大きな都市ではないので、ほぼ毎日のようにバイトをしていれば、だれかにバレるのは時間の問題だろう。
バイトがバレて退学になったという話は聞いたことがなかったが、その可能性は0ではない。退学にならないまでも早い段階でバレたら、さすがにそれ以降のバイトはできない。お金が貯まらずジ・エンドだ。

困った時のグーグルさん。ノートPCはあったので、ネットでお金の稼ぎ方を調べまくった。PCやスマホがあれば、どうやら稼げるらしい。
高校生で無知だった私は、バイトがバレるよりもリスクがないと思い、わからないまま色々試してみた。そういった中には詐欺も沢山あったようだが、幸いお金が無かった私はお金がかかることは避けるしかなかったので、詐欺に引っかかることはなかった。

家にいる時間の大半をポイント系やサイトを使ったアフィリエイトの時間に費やした結果、2か月後には毎日のように数千円程度稼げるようになった。2年生が終わるころにはコンスタントに月10~15万円は稼げるようになっていた。3年生になっても、ネットで稼ぎ続け、勉強しながらも夏には遂に目標金額を達成した。
18歳未満は契約できず親にお願いしてアフィリエイト口座を作っていたので、私が稼いでる金額は親もすべて知っていた。どんどん増えていくお金に最初は怪しいことをしているんじゃないかとかなり詰められたが、説明をして納得してもらっていたので、大学については改めて説得するまでもなくOKがでた。

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そして、目標通り都内の国立大学を受験し合格を勝ち取った私は、晴れて都内で一人暮らしをしながら大学生となれた。必要に迫られてではあったが、自力で稼ぐ力を手に入れたことは、人生最大の収穫だったように思う。

大学時代も自分で支払っているにもかかわらず、バイト漬けで学費を払うような苦学生とは程遠い生活を送ることが出来たのだ。もしあの時、自力で稼ぐことを考えなければ地元の大学に通って、卒業して地元の企業に就職していただろう。それも悪くはないが、流された人生になっていた。
お金はあくまでツールではあるが、そのツールがないと現在では身動きができない。人間が生み出したツールであるお金に自由を奪われてしまう。自らの力で自分の自由を手に入れることは、とても重要なことだと思えた。